「同盟国だから大丈夫」が崩れた日|AI主権とは国籍ではなくコントロールのこと

AI主権をめぐる依存とコントロールの関係を象徴するイメージ画像。複数の層に積み重なった建物のような構造と、その一部だけに差し込まれた一本の鍵を配置し、すべてを自前で持つのではなく重要な部分の主導権を握るという記事の主題を表現している一枚。 テック

ある朝、いつも使っている道具が使えなくなったとするでしょう。

壊れたわけじゃないの。お金もちゃんと払っている。ただ、遠い国の政府が「止めなさい」と言ったから、止まった。

6月、それが本当に起きたのよ。

まず、何があったのか

6月12日、AI開発会社のAnthropicが、上位モデルの提供を一時停止すると発表したの。米国政府から、国家安全保障を理由とした輸出管理の指令を受けたからよ。

米政府の指令が対象にしたのは、米国内外を問わず外国籍の利用者。Anthropicに勤める外国籍の従業員まで含まれていたわ。

ところが同社には、利用者の国籍をリアルタイムで判別する仕組みがなかったの。そこで指令に違反するリスクを避けるため、対象のモデルを全ユーザーに対して停止したのよ。

外国人を止める命令が、結果として全員を止めた。ここ、かなり重要よ。

しかも、もう一段イヤなポイントがあるの。

米政府が問題視したのは、モデルの安全対策を回避する手口の可能性だったわ。Anthropicはその技術的な評価に異議を唱えながらも、法的な指令には従ってモデルを止めたの。

つまり、企業と政府の見解が食い違っていても、利用者から見れば結果は同じ。使えない、なのよ。

ソブリンAIが問うているのは、誰が正しいかではないの。最後のスイッチを誰が握っているか、なのよね。

なお、この規制はその後6月30日に解除されて、7月1日からアクセスは復旧しているわ。

だから問題は「永久に使えなくなった」ことではないの。政府の判断ひとつで、昨日まで使えていたモデルが突然止まり得ることが、実証されてしまったことなのよ。

そして昨日、この話しの続きが出ていたの

8月18日、ITmediaが「LLMはどこまで『国産』であるべきか」という特集の最終回を出していたわ。この一件が日本企業に何を突きつけたのか、国内でAI基盤とモデル開発に関わる2社に取材した記事ね。

取材を受けたのは、国内でAI向けの計算基盤を手がけるさくらインターネットの田中邦裕社長と、AIモデルを開発するSakana AIの石井順也氏よ。

田中氏の言葉が、この問題の性質を言い当てているの。

以前は「同盟国だから大丈夫」という文脈で語られていた。しかし昨今の米国の輸出規制を見ると、同盟国であってもソフトウェアやサーバが使えなくなり得ることが露呈した、と。

「同盟国だから大丈夫」って、要するに「彼とは信頼関係があるから婚前契約は要らない」くらい危うい話しだったのよね。

「ソブリンAI」って、何のことなの?

ここから噛み砕いていくわね。

最近よく聞くようになった「ソブリンAI」という言葉、日本語にすると「AI主権」よ。

主権というのは、自分のことを自分で決められる状態のこと。国でいえば、他の国に許可を取らなくても物事を決められる、ということね。

つまりソブリンAIというのは、自分たちが使っているAIを、自分たちの判断で動かし続けられる状態を指すの。

難しい言葉だけど、要するに「そのリモコン、誰が持ってるの?」という話しなのよ。

「うちは米国の一流サービスを使っているから安心です」。……安心じゃないの。家の鍵を、一流の他人に預けているだけなのよ。

田中氏は、主権を3つに分けて整理しているの

これが分かりやすかったので、そのまま紹介するわね。

① データ主権:データが国内に置かれて、国内で閉じて管理されていること

② 運用主権:インフラをどう動かすか、サーバをどこにどれだけ置くか、といった意思決定の権利を握っていること

③ 技術主権:モデルやソフトウェアといった技術そのものを、自分たちで作れること

家にたとえると、こうかしら。①は「大事な書類が家の中にあるか」。②は「家の鍵と間取りを自分で決められるか」。③は「家そのものを自分で建てられるか」。

そして田中氏によれば、この3つすべてで「まさか」がすでに現実になっているの。

データ主権では、海外のサーバからデータを抜かれたという問題があった。運用主権では、海外の事業者が日本にサーバを置いてくれないという問題が起きた。そして技術主権では、ソフトウェアの輸出禁止が起きた。

いちばん厄介なのは、平時には見えないこと

田中氏のこの指摘が、今日いちばん刺さったわ。

基本的に、平時は何の問題も起こらない。ただ、いざという時に動かせなくなる、と。

平時には何も起きないの。だからみんな「大丈夫じゃん」と思うのよ。火災保険も、火事になる前日まではただの固定費でしょう。

日本は米国の同盟国だから大丈夫。米国企業のサービスだから大丈夫。大手だから大丈夫。

平時には、全部もっともらしく聞こえるのよね。

でも主権というのは、平時に便利かどうかを測る概念じゃないの。非常時にも自分で選べるかどうかを測る概念なのよ。

だから「今使えている」は、主権がある証拠にはならないの。

ちなみに前例もあったわ。生成AIブーム以前にも、米VMwareの急激な値上げやライセンス条項の変更によって、その製品をベースにシステムを作っていた国内企業が対応を迫られたことがあるそうよ。

止められるだけじゃないの。値段を変えられることもあるし、条件を変えられることもあるわ。

じゃあ、全部を国産にすればいいの?

ここが今日の記事の面白いところ。

田中氏と石井氏、2人の答えはそろって「ノー」なのよ。

全部を国産にする必要はないの。米も味噌も醤油も家で作っていたら、夕飯までに餓死するわ。

石井氏は、AIサービスを構成する技術を4つの層に分けて説明しているわ。

① 素材の層:電力や半導体
② データ管理の層:オンプレミスやクラウド
③ 基盤モデルの層:AIモデルそのもの
④ アプリケーションの層:実際に使うサービス

そして、こう言うの。

1つの国や1つの企業が、この4つの層を100%賄うことは不可能で、合理的でもない。それは日本に限った話しではなく、どの国でも難しい。だから層ごとに海外への依存度を減らし、海外製品を使うにしても多元化してリスクを減らす。日本や韓国、インド、オーストラリア、カナダのような中規模の国々は、どこも同じ考え方をしている、と。

原油とナフサの例えが、いちばん分かりやすかったわ

田中氏が持ち出した比喩が秀逸だったので、丁寧に説明するわね。

ある大手システム会社の社長と、こんな議論になったそうなの。「クラウドは原油なのか、ナフサなのか」と。

原油は、地面から掘り出したままの油ね。日本ではほとんど採れないから、輸入するしかないわ。

ナフサは、その原油を加工して作るもの。プラスチックや化学製品の材料になるの。原料さえ手に入れば、国内の工場で作れるものよ。

相手の社長の立場は「クラウドは原油。輸入せざるを得ないもの」。

一方の田中氏は「クラウドはナフサ。GPUやCPUという原油さえ買えれば、自分たちで作れるもの」と考えているの。

そして、こう続けているわ。NVIDIAのGPUは買わざるを得ないが、そこから上の層の製品は全部作れる国であった方がいい、と。

つまり「どこまで輸入して、どこから自分で作るか」という線引きの話しなのよ。全部を掘るのは無理。でも、全部を輸入する必要もない。

ちなみに田中氏は、NVIDIAへの依存についてはこう言っているわ。NVIDIAのGPUを使わないという手はほとんどない。ただ、これは日本が抱える問題というより世界が抱える問題で、米国企業ですらNVIDIAから買えるかどうかに全てがかかっている、と。

ここまで来ると、もう依存じゃないわ。文明のライフラインよ。

さくらの現実解:「学習されるかどうか」で見る

では具体的に、どう線を引けばいいのか。

AIを導入するとき、「データが国内に保存されるか」を確認する企業は多いでしょう。これはデータレジデンシーと呼ばれる考え方ね。

でも田中氏は、それだけでは足りないと指摘するの。

一番重要なのは、入力したデータがモデルの学習に使われるかどうか。自社の中にデータを完全に閉じられるかどうかがポイントだ、と。

田中氏の考えでは、データが日本に置かれていても、モデルの学習に利用されるなら、それだけでは十分なデータ主権とはいえないのよ。

「データは日本国内にあります」で安心するのって、金庫を東京に置いて、合鍵を海外に渡しているようなものなのよね。

保管場所より、使われ方なの。

そしてこの視点に立つと、面白いことが分かるわ。モデルの「国籍」と「データ主権」は、切り分けて考えられるということよ。

たとえば中国発のオープンモデルは高性能と評価される一方で、利用にリスクを感じる企業も多いでしょう。でも、そのモデルを国内環境に自前で置いて、外部に通信しない形で運用するなら、モデルの出身国とデータの保管場所は切り分けられるの。

サーバーが物理的に隔離されていて、自社専用になっているかどうか。特に製造業の顧客が強くこだわるのは、そこなんですって。

Sakana AIの現実解:海外モデルを、あとから「日本仕様」にする

もう一社のアプローチが、また違って面白いの。

Sakana AIが選んだのは、モデルをゼロから作ることではないわ。海外の優れたオープンモデルをベースにして、そこへ独自の追加学習を施すという方法よ。

石井氏の説明はこう。米中の既存モデルは圧倒的な資源を投入して開発されていて、性能が大きく先行している。同じやり方で追いかけても、そのレベルには到達できない、と。

正直よね。札束で殴り合っている会場に、小銭入れを持って入る必要はないのよ。

でも、海外のモデルをそのまま使うことにも懸念があるわ。石井氏の指摘が、ここでバランスが取れているの。

分かりやすいのは中国のモデルが特定の政治思想に沿うように出力を制御している問題だけれど、米国でもトランプ政権が既存モデルを「リベラルすぎる」と批判している。米国のモデルでも、出力に特定の価値観やバイアスが反映される可能性は十分あり得る、と。

どちらの国のモデルにも、色はついているということね。

そこで同社は、その価値観の偏りを追加学習で取り除く技術を開発して、各モデルを日本仕様に適応させた「Namazu」を作ったの。

ここも慎重で、目指すのは「極端に日本の価値観に寄せる」ことではないそうよ。歴史や領土といった国益に関わる論点で、一方的に自分たちの主張だけを言うのではなく、日本のメディアが伝えるような、中立的かつ日本の立場も分かるようにすることを目指したんですって。

理由が実務的なの。一方的な回答は、海外からの信頼性を損なうからだそうよ。

そしてこの方法の強みが、ここ。技術がモデルを選ばないことなの。

石井氏はこう言っているわ。追加学習の技術はいろいろなモデルに適用できる。1つのモデルが使えなくなっても、世界中の優れたオープンモデルをAI主権を担保できる形で利用できるようにしておけば、リスクは十分下げられる、と。

6月に起きた「ある日突然使えなくなる」という事態への、保険というわけね。

結論:主権とは「国籍」ではなく「コントロール」なの

インフラとモデル、まったく違う分野の2社の話しが、同じ場所に着地したのよ。

ソブリンAIの要点は、すべての層を国産で固めることではないの。データと運用とモデルへのコントロールを確保して、特定の依存先を失っても事業を続けられる選択肢を持っておくことなのよ。

ここ、大事な言い換えだと思うの。「どこで作られたか」ではなく「誰が止められるか」を見る、ということだから。

もちろん、純国産を目指すアプローチが不要になるわけではないわ。石井氏自身、全て国内でやる純粋なアプローチをやる人がいてもいい、と話しているそうよ。

あたしたちの生活には、どう影響するの?

「企業のシステムの話しでしょ」で終わらせるにはもったいないから、押さえておくことは3つ。

① 個人でも、構造は同じなのよ

写真をクラウドに預けている。仕事のファイルも、思い出も、全部そこにあるでしょう。

そのサービスが明日値上げしたら、どうする。規約が変わって、預けたデータが学習に使われることになったら。あるいは、日本で使えなくなったら。

いま日本企業が向き合っている問いは、規模が違うだけで、あたしたちの手元でも同じなの。

明日すぐ引っ越す必要はないわ。でも「引っ越せる状態にしてあるか」は、たまに確認しておく価値があるのよ。写真をひとつも手元に持っていない状態は、少し危ういでしょう。

② 会社でAI導入を考える立場なら、確認する項目が変わったわ

記事の締めくくりが、そのまま実務の手引きになっていたので紹介するわね。

まず棚卸しすべきなのは、自社のAI基盤を支えるインフラ、モデル、運用、データの各層で「その主権を今、誰が握っているのか」ということ。

具体的には、この3つの問いね。

データは学習されないか。インフラの運用は誰が担っているのか。今使っているモデルが明日止まったら、代わりはあるのか。

「国産だから安心」というラベルに頼らず、この問いに答えられる状態を作ることが重要だ、と結ばれていたわ。

3つ目の問いが、いちばん怖いところよね。

③ ここからは、あたしの投資家目線ね

これまでAI関連の投資といえば、モデルの性能や利用者数を見ていたでしょう。

でも今日の話しを踏まえると、もうひとつ見るべき軸があると思うの。

そのAIと別れた翌日、その会社はちゃんと出勤できるのか。

データは残るのか。仕事の流れは残るのか。別のモデルへ載せ替えられるのか。

AI時代の企業価値って、持っているAIの性能だけじゃなく、AIを交換できる設計になっているかでも差がつくのかもしれないわ。

これ、AI企業だけの話しではないの。AIを業務に組み込んでいる企業すべてに関わるわ。決算資料には出てこないけれど、いざというときに効いてくる差だと思うのよ。

今日わかったこと

  • 6月の輸出管理指令は外国籍の利用者を対象としたが、国籍の判別が難しく全ユーザーが停止された
  • 規制は6月30日に解除され翌日に復旧したが、突然止まり得ることが実証された
  • AI主権はデータ主権、運用主権、技術主権の3つに分けて考えられ、いずれも問題が現実化している
  • これらのリスクは平時には現れず、いざという時にだけ表面化する性質を持つ
  • 専門家2人は、全レイヤーの国産化は不可能かつ合理的でもないという点で一致している
  • データの保管場所より、そのデータが学習に使われるかどうかのほうが重要とされる
  • 主権の本質は「国籍」ではなく、依存先を失っても事業を続けられる「コントロール」にある

ある朝、道具が使えなくなる。そのとき問題になるのは、その道具がどこで作られたかではないの。代わりがあるかどうかなのよ。

国産か、外国産か。そのラベルだけ見ていたら、本質を見落とすわ。本当に確認すべきなのは、「明日これを失っても、自分で次を選べるか」でしょう。

主権って、日の丸が付いていることじゃないの。選択権が、自分の手元に残っていることなのよ。

国産か海外産かより、見るべきはそこじゃないの。別れ話を切り出されたとき、自分名義の口座があるかどうかよ。

AIも結婚も、主権は大事だわ。

世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。

The question isn’t who made it. It’s who can turn it off.


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※本記事はITmedia AI+、Anthropic公式発表、さくらインターネット、Sakana AIの公開情報等をもとに構成しています。

この記事を書いた人

40代、元外資テック・米銀行、米国生活経験あり。
東京で愛犬と暮らす観察者。
「経済的自立」がモットー。

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