数字は本当。でも、角度は選ばれている|Anthropic四半期売上115億ドルの読み方

テック

証明写真を撮るとき、みんな少しだけ顎を引くでしょう。

嘘はついてないの。同じ顔だし、加工もしていない。でも、角度は自分で選んでるのよね。

企業が投資家に見せる数字も、だいたいそういうものなの。

まず、何が出たのか

昨日、Anthropicの四半期の売上が報じられたわ。Claudeというサービスを提供している、アメリカのAI開発会社ね。

もともと事前には、直近四半期の売上は109億ドル程度と予想されていたの。そこへ今回、速報値として115億ドル超という数字が報じられたわ。第1四半期は約48億ドルだったから、3カ月で2倍以上ということね。前年の同じ時期は7億8700万ドルだったと報じられていて、単純に比べると14倍以上になるわ。

1年で14倍。普通の会社ならCEOが壇上で泣いて、CFOが電卓を抱いて寝るレベルよ。

そして、この四半期は調整後の営業利益がプラスになったとされているわ。ただし今回の報道では、その金額までは示されていないの。

参考になるのは、5月時点の見通しね。あのとき投資家に示された数字は、売上109億ドルに対して調整後営業利益が5億5900万ドル。利益率にすると約5.1%だったわ。訓練費用は含み、株式報酬は除いた数字よ。

売上が予想を上回った以上、利益も動いている可能性が高いけれど、今回そこは公表されていないの。

但し書き① 「黒字」の中身を見ておきましょう

「黒字化」って見出しを見ると、ついシャンパンを開けたくなるでしょう。

待って。まだコルクに手をかけないで。

報じられている営業利益には、モデルの訓練費用は含まれている一方で、株式報酬は除外されているとされているの。

株式報酬というのは、給料の代わりに自社株を従業員に渡す仕組みね。現金は出ていかないけれど、会社の株が薄まるという意味では、れっきとしたコストよ。とくにAI業界みたいに人材の奪い合いが激しい業種では、金額もかなり大きくなるの。

つまり「何もかも払ったあとに残ったお金」という数字ではないということね。

黒字は黒字よ。それは事実だわ。でも、どの荷物を玄関に置いてから体重計に乗ったのかは、見ておいたほうがいいわよね。

あたしだって、家計簿から固定資産税と謎のカード請求を除けば、かなり優良家計になるもの。何を除くかで、人はだいたい健康にも黒字にもなれるのよ。

但し書き② そもそも、売上の数え方が違うのよ

ここ、あまり報じられないけれど、実はかなり効く話しよ。

調査会社のSacraが指摘しているの。Anthropicは、AWSやGoogle、Microsoftといったクラウド事業者を経由した売上を「グロス」で計上している、と。

グロスというのは総額のこと。つまり、最終的な顧客が支払った金額の全部を自社の売上として計上して、クラウド事業者に支払う分は費用として処理する方式ね。

反対に「ネット」で計上する会社もあるわ。その場合、自分の取り分だけを売上に立てるの。

Forbesの報道によると、OpenAIはMicrosoftへの取り分を差し引いたネットで計上している一方、AnthropicはAWSやGoogle経由の分をグロスで計上しているため、両社の売上高を単純に比べるのは難しいそうよ。

たとえば、フリマアプリを想像してみて。1万円の商品が売れて、手数料が1000円だとするでしょう。ネット計上なら売上は1000円。グロス計上なら売上は1万円で、9000円が費用になるの。

経済的な取り分が同じでも、売上高の見え方はまったく変わるのよね。

同じケーキなのに、片方は「ホールで1個売りました」と言い、もう片方は「あたしの取り分はこの一切れです」と言っている状態ね。どちらもケーキ泥棒ではないの。ただ、売上ランキングを作った瞬間に話しがややこしくなるだけよ。

念のため書いておくけれど、これは「数字を盛っている」という話しではないわ。会計処理にはルールがあって、グロスで認識すること自体が即アウトということでもないの。

問題は、違う定規で測った身長を並べて「どっちが背が高い?」とやっていることなのよ。

但し書き③ 累積では、まだ大きな赤字とみられているわ

四半期の黒字は、あくまで3カ月間の話しでしょう。

外部の推計では、Anthropicが2021年からこれまでに積み上げた営業損失は、100億ドルから150億ドル規模とされているの。会社が公表した確定値ではなく、あくまでアナリストによる見立てね。推計には幅があるけれど、創業以来かなりの損失を重ねてきたとみられている、ということよ。

つまり、今回の四半期でプラスになったとしても、それまでの赤字を取り戻したわけではないの。

ただし、改善はしているわ。計算にかかるコストは、第1四半期の売上1ドルあたり71セントから、第2四半期には56セント程度まで下がると見込まれていたの。

1ドル稼ぐたびに56セントが計算機代。Claude、頭はいいけれど食費がすごいのよね。

それでも71セントから56セントなら、改善幅としては大きいわ。大食いの息子が、ご飯7杯から5杯半になったようなものよ。まだ食べる。でも方向は合ってるの。

但し書き④ 業界からは、疑問の声も出ているの

これも書いておくわね。

成長の速度があまりに急なため、過去に公表されてきたARRの数字と整合しないのではないか、という指摘が業界メディアから出ているわ。

ARRというのはAnnual Recurring Revenue、年間経常収益のことね。一般には、継続的に入ってくる収益を年換算した指標よ。

ただ、AI企業の場合は使った分だけ課金される収益が大きいから、直近の売上ペースを年換算した「annualized revenue」や「run-rate revenue」も、報道では同じように扱われることがあるの。

そしてこれ、決算で使う統一された会計基準の指標ではないのよ。だから、何を年換算しているのかを見ないと、そもそも比較できないわ。

疑問が出ているのは、この点なの。不正があったという話しではなくて、性質の違う指標を並べると噛み合わない、という指摘ね。

でも、これはAnthropicだけの話しじゃないの

さて、ここが今日いちばん大事なところ。

同じような構図は、AI業界全体で起きているのよ。

Anthropicは6月1日に、上場申請にあたる機密扱いのS-1をSECへ提出したと発表しているわ。そしてOpenAIも、その7日後の6月8日に同じく機密のS-1を提出したと発表しているの。

つまり両社とも、いま上場に向けて走っている最中なのよ。

評価額についても数字が動いているわ。5月の資金調達時点では9650億ドルとされていたけれど、直近ではFinancial Timesが、10月の上場に向けて投資家が2兆ドルを超える評価額を期待していると報じているの。

そして、ここがいちばん大事なところなの

「未上場だから信用できない」という話しではないのよ。そこは正確に書いておきたいわ。

未上場企業でも監査済みの財務諸表を作る会社は普通にあるし、そもそもS-1には監査済みの財務諸表が必要になるの。

問題は、そこじゃないのよ。

あたしたち一般の読者が、上場企業の四半期報告書のような統一された公開資料を、毎回自分で確認できるわけではないということなの。

今回の数字も、公開された決算書をあたしたちが読んでいるわけではないわ。投資家向けの資料や関係者の情報をもとに、報道機関が伝えた数字よ。

「監査されていない」とまでは断定できないの。でも、外から同じ資料を開いて、自分で検算することはできない。

この違いは、かなり大きいわ。

上場企業なら、嫌でも定期的に健康診断の結果を公開するでしょう。未上場企業は、まだ「最近かなり健康です」と本人から聞いている段階なの。

本当に健康かもしれないわ。でも血液検査の紙は、まだこっちの手元にないのよ。

なぜ、いまこの数字が出てきたのか

タイミングを見ると、構図が分かりやすくなるわね。

上場を控えた会社にとって、投資家に見せる数字がどう受け取られるかは、そのまま調達額に直結するでしょう。

IPO前って、会社にとっては婚活アプリのプロフィール写真みたいな時期なのよ。嘘は書かない。でも、わざわざ寝起きの写真も載せないわ。

企業「成長率です」。投資家「利益は?」。企業「こちらの角度をご覧ください」。

上場前に良い数字を見せたいのは、どの会社でも同じだわ。証明写真で顎を引くのと、構造としては変わらないのよ。

顎を引いたから詐欺、ではないの。ただし、その人が横顔しか見せてくれないなら、一度正面も見たくなるでしょう。

それにしても、2兆ドルって妥当なのかしら

さて、評価額の話しをもう少し掘っておきましょう。

投資家が期待しているとされる2兆ドルという数字、これがどれくらいのものなのか。比較対象を1社置くと、一気に見えてくるわ。

Amazonよ。

比較相手にAmazonを連れてこないと大きさが分からない時点で、もうだいぶ様子がおかしいのよ。

Amazonの時価総額は、およそ2兆8600億ドル。第2四半期の売上は2006億ドルで、純利益は626億ドルだったわ。

一方のAnthropicは、第2四半期の売上が115億ドル。

つまり、Amazonの売上はAnthropicの17倍以上。それなのに評価額は1.4倍程度ということになるの。

売上17倍、値札1.4倍。

あたしが17倍働いて給料1.4倍だったら、翌朝にはLinkedInの「Open to Work」を点灯させてるわ。

しかもAmazonのほうは626億ドルの純利益を出しているわ。Anthropic側の数字はあくまで調整後の営業利益で、これは純利益とは別のものよ。Fortuneも、この点をはっきり指摘しているわ。

倍率で見ると、もっと分かりやすいの。R&D Worldの計算によると、2兆ドルという評価額は、5月に公表された運用ベース売上470億ドルの約42.6倍。投資家が想定する年末時点の1200億ドルベースで見ても16.7倍。2026年通年の売上を600億ドル程度と見積もれば、およそ33倍になるそうよ。

PERなら「利益の何年分?」だけど、これは利益じゃなくて売上の何十年分を先に値札へ乗せている世界。

AIになると、未来まで前払いなのね。あたし、サブスクですら年払いをためらうのに。

同じ物差しでAmazonを測ると、まったく違う景色になるわね。

もちろん、これは「割高だから危ない」という単純な話しではないの。 成長率がまるで違うんだから、同じ倍率で測ること自体に無理があるわ。Amazonは17倍の売上を積み上げるのに30年かけているのよ。

ただ、いま投資家が支払おうとしている金額は、これから何年も続く高い成長を、すでに織り込んだ値段だということね。

現在の会社を買っているというより、2030年くらいまでの優等生ぶりを先払いしている感じね。途中で一度でも通知表に「もう少しがんばりましょう」がついたら、話しが変わってくるわ。

「期待」を買うのは悪いことじゃないわ。株式投資って、そもそもそういうものだもの。ただ、期待には賞味期限があるのよ。そして、その期限がいつなのかは、値札には書いてないの。

しかも市場って、賞味期限が切れた瞬間に半額シールを貼るんじゃないの。棚ごとひっくり返すのよ。

ちなみに調達額のスケールも、ちょっと現実感がないレベルよ。Anthropicは今年、シリーズGで300億ドル、シリーズHで650億ドル、合わせて950億ドルを調達しているの。

950億ドル。

もう「スタートアップが資金調達しました」の金額じゃないのよ。国家予算のニュースに混ぜても、一瞬気づかないサイズになってきたわ。

比較すると、Alphabetの2025年の研究開発費が611億ドル、Microsoftが356億ドル、Appleが346億ドル。2回の資金調達だけで、AlphabetとMicrosoftの年間研究開発費の合計にほぼ並ぶのよ。

950億ドルを2回で集める会社の記事を書きながら、あたしは昨日スーパーで298円と328円を見比べていたわ。世界経済を生活に翻訳すると、ときどき翻訳不能になるのよ。

もうひとつ、地味だけど効く数字を。SpaceXの目論見書によると、Anthropicは計算資源へのアクセスのために、SpaceXへ毎月12億5000万ドルを支払っているとされているの。

毎月12億5000万ドル。

クレジットカード会社から「普段と異なるご利用を検知しました」って電話がくるレベルじゃないの。
カード会社ごと買える側の請求額よ。

毎月12億5000万ドル。年に直すと150億ドルよ。今回報じられた四半期売上115億ドルより、多いのよね。

年150億ドル。

Claude、頭がいいのは知ってたけど、電気代のスケールまで天才だったのね。

もちろん四半期と年間を比べているから、これは単純な比較ではないわ。それでも、この規模の固定費を抱えながら黒字を出すというのが、どういうことなのかは伝わるでしょう。

2兆ドルが「間違っている」とは言えないの。10年後に振り返ったら、「あの値段でも安かった」となる可能性だってある。

ただし、その値札を正当化するには、Anthropicはこれからかなり長い間、期待を裏切らない会社であり続けなきゃいけない。

人間関係でも株式市場でも、これが一番難しいのよ。期待されるまでは簡単。期待され続けるのが高い。

あたしたちの生活には、どう影響するの?

「アメリカのIT企業でしょ」で終わらせるにはもったいないから、押さえておくことは3つ。

① 「黒字」の3文字を見たら、その前後を読む癖をつけて

これ、AI企業に限らず全部の会社に使える視点よ。

黒字と聞いたら、まず「何の黒字か」を確認するの。営業利益なのか、純利益なのか。そして何が除かれているのか。株式報酬なのか、一時的な費用なのか。

そこまで見て、はじめて意味が分かるのよ。

決算の見出しって、いちばん良く見える数字を選んで書かれるものなの。悪意じゃなくて、それが仕事だからね。

② 未上場企業の数字は、確からしさの階層が違うの

未上場の会社について「売上が何倍になった」というニュースを見たとき、それは基本的に、その会社が投資家向けに示した数字が報道されたものなのよ。

上場企業の決算のように、誰でも同じ資料を開いて確認できるものとは、性質が違うわ。信じるなという話しではなくて、確かめられる度合いが違うということね。

③ AI関連の投資判断には、まだ材料が足りていないの

いまAI企業への注目は、かなり高いでしょう。AIと書いてあるだけで株価が元気になる時代だものね。

昔は「.com」、その後は「ブロックチェーン」、そして今は「AI」。人類、技術は進歩しているのに、テンションの上がり方だけはずっと同じなのよ。

「次のNVIDIAを逃したくない」。その気持ち、分かるわ。でも、その気持ちで買うと、なぜか次のNVIDIAではなく、次の反省材料を引くことがあるのよね。

上場すれば、定期的な開示が始まって、比較もできるようになるわ。だから、AI企業への投資を考えるなら、上場後の最初の何回かの決算を見てからでも遅くないと思うの。

急いで乗る必要のある電車って、だいたい急いでるのは自分だけだから。株式市場、終電は毎日来るのよ。

今日わかったこと

  • Anthropicの直近四半期の売上は、事前予想の109億ドル程度に対し、速報値で115億ドル超と報じられた
  • 調整後営業利益はプラスとされるが金額は非公表で、5月時点の見通しは5億5900万ドル・利益率5.1%だった
  • その利益は訓練費用を含む一方、株式報酬は除外した数字である
  • クラウド事業者経由の売上をグロスで計上しており、ネット計上の企業とは単純比較できない
  • 創業以来の累積営業損失は、外部推計で100億〜150億ドル規模とみられている
  • 計算コストは売上1ドルあたり71セントから56セント程度まで下がると見込まれていた
  • AnthropicとOpenAIは6月に7日違いで機密S-1を提出しており、業界全体が上場前の局面にある
  • 未上場でも監査は行われうるが、読者が同じ公開資料を開いて検算することはできない

証明写真は、嘘をついていないの。同じ顔だし、同じ日に撮っている。ただ、角度は自分で選んでいるのよね。そして、それは誰でもやっていることだわ。

Anthropicが美人なのかどうかは、たぶん美人なのよ。成長率を見れば、それは否定しにくいもの。ただ今は、照明も角度も本人が選んでいるの。上場したら、蛍光灯が点くわ。そのときに、もう一度見ればいいのよ。

世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。

The numbers are real. The angle was chosen.


📖 関連記事 →


※本記事はブルームバーグ、Forbes、Financial Times、Sacra等の公開情報をもとに構成しています。

この記事を書いた人

40代、元外資テック・米銀行、米国生活経験あり。
東京で愛犬と暮らす観察者。
「経済的自立」がモットー。

Sassy Divaをフォローする
テック
シェアする
Sassy Divaをフォローする
タイトルとURLをコピーしました