満員電車で、自分は一歩も動いていないのに、前へ押し出されたことある?
歩こうと思ったわけじゃないのよ。でも、確実に移動しているでしょう。
昨日から今日にかけて、ビットコインの価格を押し上げたものの正体が、まさにそれなの。
まず、何が起きたのか
ビットコインが約2カ月半ぶりに7万ドルを回復したわ。6月以来ね。
8月20日には一時7万2,000ドル台まで上昇したの。200日移動平均線を14営業日ぶりに上抜けて、6週間続いたレンジも突破したわ。
上がったのはビットコインだけじゃないの。イーサリアムは17%を超える上昇で2,300ドルを突破して、約3カ月ぶりの高値。XRPとソラナもそれぞれ10%上がったわ。暗号資産全体の時価総額は約7.5%増えて、2.46兆ドル前後まで戻したの。
ここまでだと「暗号資産に何かいいニュースがあったのね」と思うでしょう。
ところが、きっかけは暗号資産の話しですらなかったのよ。
引き金は、米財務省だったの
8月19日、アメリカの財務省がこう発表したわ。
長期国債の買い戻しについて、1回あたりの上限を20億ドルから「少なくとも40億ドル」へ倍増する、と。対象は10年から20年、20年から30年の年限で、9月9日から11月4日まで適用されるの。
発表を受けて、30年債の利回りは5.34%付近から5.18%前後まで下がったわ。前日には19年ぶりの高水準だったところからね。
……いま「え、それとビットコインに何の関係が?」と思ったでしょう。正しい反応よ。順番に説明するわね。
ここ、大事な前置きがあるの
まず、よくある誤解を先に潰しておくわ。
これはFRBの量的緩和ではないの。財務省が新しいお金を刷って国債を買っているわけではないのよ。
やっているのは、市場の流動性を支えるための買い戻しね。国が過去に発行した自分の借用書を、市場から買い戻す。その規模を、長期の年限について増やすという話しなの。
だから「政府が金利を下げた」という理解は正確じゃないわ。長期債の買い手を増やして、金利の急騰を抑える方向のシグナルを出した、というのがいちばん近いの。
なぜ、それでビットコインが上がるの?
2段階で見ていくわね。
第1段階:長期金利に、下押し圧力がかかった
買う人が増えれば、国債の値段は上がるでしょう。そして債券は、値段が上がると利回りが下がるという関係にあるの。シーソーね。
実際、発表直後に30年債の利回りは10bp(0.1%)ほど下がったわ。
第2段階:金利の低下が、ドルとリスク資産に波及した
米国の金利が下がれば、一般にはドル資産の相対的な魅力が落ちて、ドル安の要因になることがあるの。実際この日も、ドルは売られたわ。
そして高い金利が少し緩むと、株や暗号資産のようなリスク資産には追い風になりやすいのよ。
ただし、ここも正確に書いておくわね。
これは「国債を買い戻した → 必ずドル安 → 必ずビットコイン高」という自動販売機ではないの。
市場が「長期金利の急騰を、財務省は放置しないらしい」と受け取ったことが、リスクを取る気分を戻すきっかけのひとつになった。そのくらいの理解が正確よ。
ロイターも、財務省の措置そのものは債券市場全体から見れば小規模で、効果も短期的だったと報じているわ。ただし暗号資産にとっては、前向きなシグナルになったとしているの。
そう、規模はむしろ小さいのよ
ここが今日いちばん面白いところ。
米国債市場の規模は30兆ドルを超えているの。そこへの40億ドルよ。
ウォール街から見れば、巨大なプールにペットボトル1本の水を足した程度なの。
それでも市場は反応したわ。
なぜなら相場は「いくら買ったか」だけじゃなく、「この人、もっと買う気ある?」まで値段にするからなのよ。
財務省が長期金利の上昇を見て、「はいはい、ちょっとそこまでね」と指を一本出した。市場はその指を見て、勝手に先回りしたということね。
そこへ、トランプ大統領が乗ってきたわ
同じ19日、ホワイトハウスで暗号資産業界の幹部らとの会合が開かれたの。
出席したのはCoinbaseやRobinhood、Krakenといった暗号資産・金融業界の幹部。それにSECのポール・アトキンス委員長、CFTCのマイク・セリグ委員長ら、規制当局のトップよ。
そこでトランプ大統領は、議会に対して、暗号資産の市場ルールを明確化する「クラリティ法」の公正な案を可決するよう、改めて要求したわ。
金利という追い風に、政策という燃料が乗った形ね。
さて、ここからが今日の本題よ
ここまでは「なぜ上がり始めたか」の話し。
でも、上げ幅の大部分を作ったのは、まったく別のものだったの。
過去24時間で、暗号資産市場全体の強制清算額は約29億9,000万ドルに達したわ。17万5,000人以上のトレーダーが、強制的にポジションを閉じさせられたのよ。
そして内訳が、すさまじいの。
| 清算額 | |
|---|---|
| ショート(下がるに賭けた側) | 約27億4,000万ドル |
| ロング(上がるに賭けた側) | 約2億4,000万ドル |
清算全体の約92%がショート側だったということね。ほぼ一方的なの。
暗号資産市場としても異例の規模よ。1時間で10億ドルを超えるショートが清算された場面もあったの。
ちなみにこの数字は市場全体のもので、ビットコイン単体では約14億2,000万ドル、イーサリアムが約11億3,000万ドルという集計が出ているわ。
そもそも「ショート」って何なの?
用語を噛み砕くわね。
ショートというのは、「値段が下がる」に賭ける取引のこと。
仕組みはこうよ。持っていないものを借りて、先に売っておくの。そして値段が下がったところで買い戻して、返す。売った値段と買い戻した値段の差額が、儲けになるわ。
でも、逆に上がってしまったらどうなるかしら。
高く買い戻さないといけないの。しかも値段の上限はないから、損失にも上限がないのよ。
だから取引所は、損失が一定を超えた時点で、本人の意志と関係なく強制的に決済するわ。これが「強制清算」ね。
そして、ここが肝心なところ
強制清算というのは、要するに買い戻しなの。
ショートを閉じるには、買わなければいけないでしょう。つまり強制清算が起きるたびに、市場に買い注文が出るということよ。
その買いが価格を押し上げる。上がると、また別のショートが清算される。それがまた買いを生む。
連鎖するのよ。これを「ショートスクイーズ」というの。スクイーズは「絞る」という意味ね。
ショート勢が踏まれて「待って待って待って」と買い戻す。その買いで値段が上がる。すると次の人が「待って待って待って待って」になる。
金融市場って、たまに高度な資本主義というより、出口がひとつしかないライブ会場なのよ。
誰かが走る。後ろも走る。何があったか分からない人まで走る。
そして翌朝、ブルームバーグを開くと「リスク選好が改善」と書いてあるの。
……いえ。みんな、押されただけよ。
つまり、上げたのは買いたかった人じゃないのよ
ここが今日いちばん大事なところ。
27億ドル分の買い注文が市場に出たわ。でもそのほとんどは、買いたくて出された注文ではないの。
「下がる」に賭けていた人たちが、ルールによって買わされたのよ。
17万5,000人が、自分の判断ではなく、システムの判断で市場から退場させられた。そしてその退場の手続きそのものが、価格をさらに押し上げたということね。
満員電車で押し出された人が、後ろの人をさらに押している。そういう構図なの。
でも、冷静に見ておきたい数字もあるわ
ここは正直に書いておくわね。
7万ドルという水準、たしかに約2カ月半ぶりよ。ニュースの見出しも威勢がいいわ。
でも、ビットコインの最高値は昨年10月につけた12万6,000ドル前後なの。
つまり7万ドルでも、最高値からはまだ4割以上低い水準ということね。
「急騰」と「回復」は、違う言葉でしょう。今回起きたのは、どちらかといえば後者よ。
ちなみに需給面では、米国の現物ビットコインETFに2日間で約4億8,700万ドルが流入しているの。これは実需の買いね。
だから全部が需給の歪みというわけでもないわ。ただ、清算額と比べると、規模の違いは明らかよね。
あたしたちの生活には、どう影響するの?
「暗号資産をやっていないから関係ない」で終わらせるにはもったいないから、押さえておくことは3つ。
① 「急騰」を見たら、誰が買ったのかを考えて
これ、暗号資産に限らず全部の相場に使える視点よ。
値段が上がったとき、その買い注文がどこから来たのかを考えてみるの。
新しくその資産を欲しくなった人が買ったのか。それとも、買わざるを得なくなった人が買ったのか。
前者なら、需要が本当に増えたということ。後者なら、需給が一時的に歪んだだけかもしれないわ。
今回のように清算額の内訳が公表される市場は珍しいけれど、株でも同じ構造は起きるの。「踏み上げ」と呼ばれる現象ね。
② 今週のマクロの話しと、地続きなのよ
最近ずっと書いてきたでしょう。CPIが予想どおりだったこと、PPIが予想を下回ったこと。弱めの経済指標を受けて、利上げ観測がいったん後退していたことね。
そこへ今回、財務省の措置で長期金利がさらに下がったわ。
金利が下がると、リスク資産にお金が向かう。
この単純な関係が、株にも暗号資産にも同時に効いているのよ。だから暗号資産のニュースを、暗号資産の話しとしてだけ読むと、半分しか見えないの。
ただし、FRBが完全にハト派へ転じたわけではないわ。インフレや原油価格の動き次第では、再び利上げが意識される余地も残っているの。追い風は、いつでも向きを変えるものよ。
③ レバレッジの怖さが、そのまま数字に出ているわ
今日いちばん重い事実がこれ。
17万5,000人が、自分で「もうやめよう」と決める前に、市場から退場させられたのよ。
レバレッジをかけた取引では、判断する権利が自分の手を離れることがあるの。値段が動いた瞬間に、証拠金が足りなくなって、システムが自動的に決済してしまうわ。
「読みは合っていたのに、待てなかった」ということが起きるのよ。
これ、投資と投機の分かれ目のひとつだと思うの。自分のタイミングで降りられるかどうか。積立投資が続けやすいのは、そこが自分の手に残っているからなのよね。
今日わかったこと
- ビットコインが約2カ月半ぶりに7万ドルを回復し、一時7万2,000ドル台まで上昇した
- 引き金は暗号資産のニュースではなく、米財務省による長期国債の買い戻し増額だった
- ただしこれは量的緩和ではなく、長期金利の急騰を抑える方向のシグナルとして受け取られた
- 30兆ドル超の国債市場に対して40億ドルは小さく、市場は金額より姿勢を評価した
- 暗号資産市場全体の強制清算は約29億9,000万ドル、うち約92%がショート側だった
- トランプ大統領は議会にクラリティ法の公正な案の可決を要求した
- 7万ドルでも、昨年10月の最高値からはまだ4割以上低い水準にある
満員電車で押し出された人は、歩いたわけじゃないのよ。
でも、確実に前へ移動している。そして本人が押されたぶん、後ろの人をまた押しているの。
今回の上昇で市場に出た買い注文の大部分は、そういう性質のものだったわ。
金利が下がったのは事実。政策への期待が生まれたのも事実。それは本物の材料よ。
ただ、そこから先の値幅を作ったのは、降りたくて降りたわけではない人たちだったの。
相場を見るときは、値段だけじゃなくて、そこまで見ておきたいわね。誰が自分の意志で買ったのか。誰が、買わされたのか。
値段は、必ずしも「欲しい」の総量ではないのよ。ときどき「もう耐えられない」の総量でもあるの。
世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。
The buying was real. The wanting wasn’t.
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※本記事はロイター、ブルームバーグ、CoinDesk、MarketWatch、Coinglass等の公開情報をもとに構成しています。


