近所に、昔から「〇〇食堂」という看板の店があるとするじゃない?
久しぶりにのぞいてみたら、店の奥でスマホの修理をしていて、レジ横ではネット回線の契約を受け付けている。売上の半分以上はもうスマホ修理。肝心の定食の部門は、最近ちょっと赤字らしい。
看板はそのまま。でも、中身は別のお店。
10月20日に決算を発表したSpaceXが、まさにそんな状態になっていた。看板は「宇宙の会社」。でも今、売上の半分以上を稼いでいるのはAIよ。
社名は宇宙、売上はAI、請求書は電力会社。もはや何屋なのか、本人に聞いても答えるのに3時間かかりそう。
しかも同じ日、マスク氏は、電気自動車のテスラとの合併を検討する委員会ができたことまで明かした。食堂の店主が、隣の自動車屋さんとの合体を考え始めた、というわけ。
何が起きたの?
2026年6月に上場したSpaceXが10月20日に発表した7〜9月期の決算は、売上も利益も、市場の予想を上回った。
- 売上は146億ドルで、前の年の同じ時期から161%増えた
- 純利益は44億ドル。前の年の同じ時期は約11億ドルの赤字だったから、黒字に転じた
- 1株あたりの利益は0.35ドル。アナリストの予想(0.16ドルなど)を大きく上回った
決算発表の直後、時間外の取引で株価は1.5%ほど上がったと報じられている。
主役は、「スーパーインテリジェンス」と名づけられたAIの部門よ。この部門の売上は75.6億ドルで、前の年の約9.3倍。会社全体の売上の51.8%、つまり過半を、AIが稼ぐようになった。前の年は17億ドルの赤字だったこの部門が、今回は4.3億ドルの黒字に変わっている。
ここで誤解しやすいのが、その中身。
この部門には、AIの「Grok」や、8月14日に買収を終えたプログラミング支援ツールの「Cursor」も入っている。Cursorは9月末までに6.08億ドルの売上を加えた。でも、ロイター通信によると、AI部門の稼ぎの中心は、データセンターの計算能力の貸し出しよ。AnthropicやGoogleのようなAI企業に、AIを動かすための設備を貸しているの。
つまり、「Grokが大ヒットして75億ドル稼いだ」わけじゃない。
AIの頭脳を売る会社だと思ったら、実際には、頭脳を動かすための巨大なコンセントも貸していた。しかも、そっちが稼ぎ頭。
ネット回線のStarlinkの部門も好調で、売上は52.5億ドルと69%増えた。Starlinkの一般消費者向けの利用者は、9月末で1,360万人になった。
宇宙の会社なのに宇宙部門は赤字
ここで、あたしが一番笑ったのがこれ。
宇宙の部門は、この3カ月、わずかながら営業赤字だったの。売上は17.67億ドルで前の年より増えたのに、営業損益は700万ドルの赤字。前の年の同じ時期は2.59億ドルの黒字だった。
社名に「Space」が入っている会社で、宇宙だけが稼げていない。
社名のSpaceが、いよいよ創業当時の思い出になりかけている。
ただし、ここは公平に書いておきたい。この赤字は、ロケットの打ち上げ事業そのものが赤字になったという意味ではない。利息や税金、減価償却などを差し引く前の利益(調整後EBITDA)で見ると、宇宙部門は3.57億ドルの黒字。赤字の大きな理由は、超大型ロケット「スターシップ」の研究開発に、多くのお金をかけているからよ。
ロケットは空へ飛ぶ。開発費はもっと高く飛ぶ。利益だけが発射台に置き去り。
もちろん、研究開発費を削れば、利益はすぐに出るかもしれない。でも、それをやったら、ただの高級な打ち上げ代行業者になってしまう。だから投資家は、この赤字を「将来への仕込み」と見るのか、「いつまで続くのか」と見るのかで、評価が分かれるのよ。
次のスターシップの試験飛行は11月に予定されていて、マスク氏は、ロケットの1段目と2段目の両方を回収することに挑むと話している。
稼ぐより使うほうが大きい
数字をもう少しよく見ると、手放しでは喜べない部分もある。
まず、今回の利益には、売上とは別に、本業以外の「その他の利益」約10億ドルも含まれている。TechCrunchは、これがビットコイン価格の回復などに関連していると伝えているけれど、その内訳のすべてが確認されているわけではない。
そして、使っているお金が桁違いなの。この3カ月の設備投資は196億ドル。そのうち164億ドルがAIの部門よ。1〜9月の9カ月で見ると、設備投資は合計481億ドル。ブレット・ジョンセン最高財務責任者(CFO)は、10〜12月にはさらに350億〜400億ドルを新たな設備に使う計画だとしている。
ただし、ここは一つ注意。設備投資は、使った年に全額が費用になるわけではない。建物や機械として会社の資産になり、何年もかけて少しずつ費用になっていく。だから「設備投資が売上より大きい=赤字」とは、すぐには言えないの。
とはいえ、1〜9月の9カ月を合計すると、純利益はまだ4億1,300万ドルの赤字。1年を通して黒字にできるかどうかは、10〜12月の結果次第ね。
売上は宇宙規模。設備投資も宇宙規模。株主の胃薬代だけは、決算書に載っていない。
そして、強気な見通しも飛び出した。マスク氏は、AI部門の年間の売上規模(年率に換算した売上)が、2027年末には「5,000億ドルから1兆ドルのあいだ」になると予想した。一方、ジョンセンCFOが示したのは、2027年1〜3月期の会社全体の売上の見通しで、330億〜370億ドル。
二つの数字は、対象にしている期間も、数え方も違う。だから、どちらかが間違っているわけではない。ただ、片方は遠い未来の構想で、もう片方は次の四半期の予想。温度差があるのは確かね。
マスク氏の予測には重力がない。CFOの表計算ソフトには、ちゃんとある。
AIの壁はチップより電力?
決算の説明会で、マスク氏はこんな見方を示した。
AIを広げるうえでの本当の壁は、チップよりも、電力と冷却とインフラにある。
もちろん、これはマスク氏の見方よ。半導体の供給の問題がなくなったわけではないし、電力、冷却、送電網、建設の期間は、それぞれ別の壁でもある。
それでも、話しの中身は具体的だった。データセンターに電気を送る発電用のタービンは、羽根などの金属部品の調達に12〜18カ月も待たされている。そこでSpaceXは、ロケットエンジンの開発で身につけた金属の鋳造の技術を使って、その部品を自分たちでつくり、タービンを早く手に入れているそうよ。
TechCrunchによると、マスク氏はこれを「大リーグのニューヨーク・ヤンキースが、少年野球に出るようなもの。フェアじゃないけれど」と表現した。
自分で「フェアじゃない」と認めながら、胸を張る。なかなか真似できないメンタルね。
それにしても、火星に行くために磨いた技術が、今は地上の発電機の部品づくりに使われている。
AIが人類を超える前に、まずタービンの羽根が届かない。知能は未来、物流は昭和。
AIの競争は、もう「賢いAIを作れるか」だけの勝負じゃない。電気をどれだけ早く用意できるか。発電機や部品をどれだけ早く手に入れられるか。AIの戦いは、いつの間にか、工場と発電所と、発電設備や冷却設備をつくるメーカーまで巻き込んだ戦いになっているのよ。
マスク氏は、テネシー州メンフィスにつくっている新しいデータセンター「Colossus II」を動かすために、週4日を現地で過ごしているという。
テスラとの合併の話し
そして、この決算の説明会で、もう一つ大きな話しが飛び出した。
SpaceXと電気自動車のテスラが、それぞれ独立した取締役による「特別委員会」をつくって、合併を検討し始めたの。
マスク氏は、両社の合併には大きなメリットがあると話した。ただし、話し合いはまだ初期の段階で、実現は確実ではないとも強調している。マスク氏の説明によると、合併するにはテスラの株主の承認が必要で、それも投票した人の過半数ではなく、テスラの全株式の50%の賛成が必要になる。マスク氏自身、「かなり高いハードル」だと認めている。
そしてマスク氏は、両方の会社のトップである自分は利害が対立する立場なので、委員会の話し合いには直接加わっていないと説明した。その状況を、こう表現している。
「二つのグループが話し合っているのに、自分は会話に加われない。奇妙な歌舞伎の踊りみたいなものだ」
同じ人が経営する2社が合併を相談しているのに、本人は利益相反で参加できない。
社長が同じなら合併も簡単、とはならない。会社は社長の私物ではないという、資本主義の基本講座が突然始まったわね。
もちろん、特別委員会をつくって利益相反を管理するのは、大事な仕組みよ。問題はそこじゃない。たった一人の経営者に、これだけ巨大な会社がいくつも集まっている、その構造のほうなの。
マスク氏は「自分は話し合いに入れない」と言う。でも、両社の未来を一番左右する人物が誰かは、全員知っている。舞台袖にいても、主役は主役。
報道によると、SpaceXの企業価値は約2兆ドル、テスラは約1.5兆ドル。単純に足せば約3.5兆ドルだけれど、合併したらその額になるとは限らない。
そして、ここで一番大事なのは、合併で誰が得をして、誰がリスクを負うのか。
もし合併すれば、テスラの株主は、これまで持っていなかった宇宙の事業や、AIのデータセンターへの巨額投資のリスクも、一緒に引き受けることになるかもしれない。一方で、テスラのものづくりの力や資金を活かせる、という利点も考えられる。
会社どうしの相乗効果と、株主にとっての得は、必ずしも同じじゃないのよ。
もちろん、今の時点では「検討を始めた」だけ。合併が決まったわけではないことは、はっきりさせておきたいわ。
日本のあたしたちへ
投資:分散したつもりが実はマスク氏への集中投資
SpaceXの株は、アメリカのナスダック市場で取引されている。日本でも、アメリカ株を扱う証券会社を通じて買える場合がある。ただし、すべての証券会社がSpaceXの株を扱っているとは限らないから、取り扱いは証券会社ごとに確かめてね。
ここで気をつけたいのが、名前と中身のずれ。「宇宙っぽくて夢があるから」とSpaceXの株を買った人は、実際には、AIのデータセンター事業に大きく賭けていることになる。今のSpaceXの株価は、ロケットの成功よりも、AIの景気に左右されやすくなっているのよ。
そしてもう一つ。事業がたくさんあることと、リスクが分散されることは、同じじゃない。
ロケット、AI、ネット回線、電気自動車。事業は別々でも、同じ経営者の判断、同じAIへの投資の方向、同じ株式市場の評価に左右されるなら、リスクは一緒に動くかもしれない。そのうえ合併では、株の交換の比率や新しい株の発行によって、もとからの株主の取り分が薄まる可能性もある。
分散投資のつもりで買ったら、実質マスク氏への集中投資。ポートフォリオというより、ファンクラブの年会費ね。
ちなみに、マスク氏の会社の株を自分で買った覚えがない人も、無関係とは限らない。テスラは、S&P500やナスダック100といったアメリカの代表的な株価指数に入っている。新NISAなどでこうした指数に連動する投資信託を持っていれば、知らないうちに少しずつマスク氏の会社の株を持っていることになるのよ。もし合併が実現すれば、その中身も変わっていく。自分の投資信託の「組み入れ上位の銘柄」を、一度のぞいてみるといいわ。
それに、合併のような大きな話しが出ると、まだ何も決まっていない段階でも、両方の会社の株価が思惑だけで上下しやすくなる。うわさで動く相場ほど、慌てて売り買いしないことが大事よ。
株の名前ではなく、中身と、誰に賭けているのかを確かめる。投資の基本は、マスク経済圏でも変わらないわ。
電力:AIの競争は発電機の取り合いになってきた
マスク氏の「AIの壁は電力」という見方は、日本にとっても他人事じゃない。
日本でも、AI向けのデータセンターの建設が各地で進んでいて、電力の確保が大きな課題になっている。データセンターは、建物を建てるより、電気を引いてくるほうが時間がかかることもある。
一方で、これは日本の企業にとって商機でもある。三菱重工業では、ガスタービンを使った発電設備の受注が決算をけん引していると報じられている。
ただし、需要が増えたからといって、それがそのまま株価の上昇につながるとは限らない。どれだけつくれるのか、どれだけ利益が出るのか、すでに株価にどこまで反映されているのか。そこまで見て判断したいわね。
そして、もう一つ考えておきたいことがある。AIを動かすための発電所や送電網を誰がつくり、その費用を誰が払うのか。AIのために電気が必要になるほど、その負担が電気料金や送電網の整備を通じて、あたしたちの家計に回ってくる可能性もある。
AIで仕事が楽になる未来を待っていたら、先に電気代の請求書が賢くなった。そんなオチは勘弁してほしいわ。
AI企業は未来を売り、重工メーカーはタービンを売る。少なくとも後者は、納品するものが目に見える。
暮らし:Starlinkは日本でも身近になってきた
Starlinkの一般消費者向けの利用者は、世界で1,360万人。日本でも、山の中や離島、災害のときの通信手段として使われるようになってきた。
マスク氏は、AIのエージェントが広がれば、どこでもネットにつながる必要が増えて、Starlinkの需要も伸びると話している。
便利になるのはありがたい。ただ、ネット回線もAIも電気自動車も、一人の経営者が率いる企業グループに集まっていく流れは、少し立ち止まって考えたい。
巨大企業の一つの事業がつまずいても、ほかの事業がすぐに止まるわけではない。でも、同じ経営判断や財務の問題が、いくつもの事業に一度に響く可能性はある。
電波は宇宙から届く。でも、経営判断は地上の一人の人間から届く。後者のほうが予測困難だったりするのよ。
今日のまとめ
- SpaceXの7〜9月期は売上146億ドル、純利益44億ドル。売上の過半をAIの部門が稼ぎ、その中心はデータセンターの計算能力の貸し出しだった
- 宇宙部門は研究開発費の重さでわずかな営業赤字。設備投資は3カ月で196億ドルと巨額で、1〜9月の合計ではまだ赤字
- マスク氏は、AIの本当の壁はチップより電力だという見方を示した。AIの競争は、発電機や部品の取り合いにも広がっている
- テスラとの合併の検討も始まったが、まだ初期段階。事業が多いことと、リスクが分散されていることは別。投資する人は、誰に賭けているのかを確かめたい
世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。
The sign says space. The receipts say AI.
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※本記事は、SpaceXの決算資料(米証券取引委員会への提出書類)と、TechCrunch、ロイター通信、Unite.AI、GuruFocus、Investing.com、CNN、Bloomingbit、マネーポストの報道をもとに構成しています。合併は検討の初期段階で、実現は決まっていません。企業価値は報道時点の概算です。情報は2026年10月21日時点のものです。


