隣の家で工事が始まった日のこと、覚えているかしら。
最初の一週間は、音が気になって仕方ないのよね。仕事も手につかないし、いつ終わるのかと何度も考えるわ。でも3カ月経つころには、もう聞こえなくなっているの。
音が止んだわけじゃないのよ。聞かなくなっただけ。
いま、世界がその状態にあるわ。
まず、何が起きているのか
8月14日、ブルームバーグ・エコノミクスの2人の研究者が、週末エッセイを出したの。
タイトルを訳すと、「アメリカとイランは、どちらも勝ち方を知らない戦争に囚われている」ね。
書き出しが、ちょっと衝撃的だったわ。
2025年6月、アメリカは史上初めてイランを直接攻撃したの。
作戦名は「ミッドナイト・ハンマー」。作戦ではB-2爆撃機が往復約37時間を飛び、イランの核施設に計42万ポンドの大型爆弾を投下したそうよ。
作戦が終わったあと、トランプ大統領はこう宣言したわ。イランの核能力は「完全かつ全面的に破壊された」と。
ところが、その8カ月後。アメリカは戦争に戻ってきたのよ。
今度はイスラエルと共同で、「エピック・フューリー」という作戦を開始したの。イラン国内の標的に対する、より広範な空爆ね。そしてそれが、およそ6カ月続く戦争になって、いまも終わっていないわ。「完全に破壊した」と言った8カ月後に、また爆撃しているの。
Completely obliterated、ずいぶん復活が早いわね。
あるいは、もっとシンプルに言うなら。「完全に破壊した」の8カ月後にSeason 2が始まったのよ。
完全とは?
なぜ、終わらないのかしら
エッセイの見立てはこうよ。
両者の対立は、およそ50年近く続いてきたもので、その積み重ねが、いまの長期戦を生んでいる、と。
ブルームバーグ・エコノミクスの防衛担当者も、テレビでこう語っているの。アメリカの目的そのものが揺れていること。そして、どちらの側も決定的な軍事的勝利を収められないこと。それが恒久的な解決を難しくしている、と。
さらに厄介なのが、この指摘ね。
停戦や小休止が繰り返されると、その間に双方が態勢を立て直して、再武装する余地が生まれるというの。結果として、戦闘の地理的な範囲がむしろ広がる可能性がある、と。
つまり、「一度止まる」ことが、次の戦闘を大きくしてしまうかもしれないということよ。休戦が、必ずしも解決に近づく一歩とは限らないの。
ここ、直感に反するけれど、大事な視点だと思うわ。
そして今週、ホルムズ海峡でも動きがあったの
6月半ばに結ばれた暫定的な停戦は、すでに崩れているわ。
イラン側は海峡を通る船への攻撃を再開し、アメリカもイランに対する港湾封鎖や経済圧力を強めているの。そして8月8日、イラン側が海峡の再開について、広範な要求を提示したわ。制裁解除、封鎖解除、凍結資産の解放、戦争被害への補償。
それに対してトランプ大統領も、自らの条件を突きつけたの。
要求と条件のぶつけ合いね。
正常化への道筋は、むしろ見えにくくなっているわ。
それでも、原油は7月末の高値から下がっているのよ
さて。ここが今日、いちばん考えたいところ。
戦争は続いている。ホルムズ海峡は正常化していない。それでも原油価格は、7月末の高値から下がってきているの。
7月末には、ブレント原油が1バレル90ドル台、WTIが85ドル台まで上昇したわ。その後、WTIは一時80ドル近くまで下がったの。
ただし、ここでひとつ大事なこと。
戦争が終わったから下がったわけではない。
そして、「市場が戦争に慣れたから下がった」だけでもない。
世界の原油需要の見通しが弱くなり、アメリカの原油在庫も増えている。つまり、普通の需給要因もちゃんと効いているのよ。
その一方で、戦争が半年近く続いたことで、「戦争が続いていること」そのものへの市場の驚きも薄れてきた。
ここが面白いところなの。
最初は、「明日どうなるか分からない」という不確実性そのものに対して、みんなが値段を上乗せしていたわ。でも、同じ状態が何カ月も続くと、市場はそれを「異常事態」ではなく、新しい前提として計算し始めるのよ。
工事の音と同じね。音は鳴っている。ただ、毎回窓から、「何の音!?」と確認しなくなった。
人間の適応力ってすごいわね。戦争まで背景のノイズにするんだから。
先週の記事でも書いたけれど、7月のアメリカの生産者物価では、エネルギー価格が前月比3.1%下落したわ。ガソリンも5.7%下がっているの。
つまり現在の原油市場は、戦争リスクが消えたから安いのではなく、需要の弱さ、在庫、そして長期化した地政学リスクを全部まとめて値段に入れているということなのよ。
市場は冷静なんじゃないの。慣れるのが異常に早いだけ。
でも、慣れることと、終わることは違うわ
ここ、はっきり書いておくわね。
戦争の当事国では、状況はまったく良くなっていないの。イランの人々は、食料品を買うことにも苦労していると報じられているわ。
そしてアメリカ側も、消耗していないわけじゃない。ある空母は、240日を超える長期展開が続いていると伝えられているの。
湾岸地域の同盟国のあいだでも、この戦争を終わらせられないことへの不満が広がっていると報じられているわ。
ニュースの画面から見えにくくなったからといって、現場で負担が消えたわけではないのよ。
次の一手は、軍事ではなく経済らしいの
そして今週、新しい動きが出てきたわ。
8月14日、ベセント米財務長官が、イランに対する「前例のない経済的措置」を近く発表すると述べたの。およそ6カ月の戦争を経て、テヘランを屈服させるための圧力を、さらに強めるという方針ね。
報道では、「経済的孤立」をさらに進める計画として伝えられているわ。
軍事で決着がつかないので、経済で締める。
これ、歴史的にはよくある展開なのよね。
爆弾でダメなら銀行口座。国家間の喧嘩、最終的にはだいたいお金の話になるのよ。
ただ、経済制裁というのは、効き目が出るまでに時間がかかるわ。そして、その間いちばん苦しむのは、たいてい政策を決めていない人たちなのよ。
あたしたちの生活には、どう影響するの?
「遠い中東の話しでしょ」
で終わらせるにはもったいないから、押さえておくことは3つ。
① ガソリンが下がっても、戦争が終わったからではないの
いま原油価格は、7月末の高値からは下がっているわ。
それ自体はいいニュースよ。でも、理由を取り違えないでほしいの。
世界需要の弱さや在庫増加が価格を押し下げている一方で、戦争そのものも長期化して、「続いていること」が市場の前提になってきた。
つまり、リスクがなくなったのではなく、リスクの値札が変わったというほうが近いのよ。
何かが起きれば、また一気に戻る可能性はあるわ。ホルムズ海峡での攻撃が激しくなれば。あるいは制裁が思わぬ形で供給を絞れば。原油価格が再び跳ねても、不思議ではないの。
下がったから安心、ではなく。下がったけれど、問題は解決していない。
そう見ておくほうが正確よ。
② 日本の調達コストは、量とは別の問題なの
日本のエネルギー供給について、大事な区別をしておきたいわ。
経済産業省のデータでは、6月8日時点でも約201日分の石油備蓄が残っていたと報じられているの。
だから、すぐ明日から石油がなくなる、という話ではないわ。
でも問題は、量と値段は別なのよ。
日本にとって、ホルムズ海峡は「遠い中東のニュース」じゃないの。
2025年、日本が輸入した原油の94%は中東産。そして、その大部分がホルムズ海峡を通ってきたの。平時の日本は、中東の産油国と長期契約を結び、安定的に原油を調達してきたわ。ところが、そのルートが不安定になれば、迂回輸送やスポット取引などで穴を埋める必要が出てくる。
同じ量を確保していても、買い方が変わればコストは上がるということね。しかも円安が続いているから、円で払う金額はさらに膨らむのよ。
先週書いたとおり、円ベースの輸入物価は前年比29.1%も上がっているわ。
原油「下がりました」
円「知らんけど」
日本の家計、いつも為替という余計な登場人物がいるのよ。
原油価格が少し下がっても、あたしたちの実感がなかなか変わらない理由は、ここにあるわ。
③ いちばん怖いのは、慣れることかもしれないわ
これが今日、いちばん伝えたいことよ。6カ月続くと、人は慣れるの。ニュースを見ても、もう驚かなくなるでしょう。市場も同じで、毎回同じニュースに同じ反応はしなくなるわ。
でも、「値段が動かない」と「問題が解決した」は、まったく別のことなのよ。
戦争が半年続くと、ニュース速報から背景音になる。人間、慣れてはいけないものにまで慣れるのが早いわ。家計を考えるときも、同じ視点が要るの。
エネルギー価格が落ち着いたからといって、その前提が確かなものになったわけではない。中東情勢は、いつでも家計に戻ってくる可能性を持ったままよ。
だから、慌てて何かを変える必要はないけれど、「もう終わった話し」として頭から外してしまうのは、少し早いということね。
今日わかったこと
- 2025年6月のミッドナイト・ハンマー後、トランプ大統領はイランの核能力を「完全かつ全面的に破壊した」と宣言した
- しかしその8カ月後、アメリカはイスラエルと共同で新たな空爆作戦を開始し、戦闘は約6カ月続いている
- 双方が決定的な軍事的勝利を得られず、停戦のたびに態勢を立て直す構図が指摘されている
- 8月8日にはイラン側がホルムズ海峡再開の条件を提示したが、正常化への道筋は依然として見えにくい
- 原油は7月下旬の高値から下落しているものの、背景には世界需要の鈍化や米在庫増加がある
- 同時に、長期化した戦争そのものが市場の前提に組み込まれつつあり、同じニュースへの価格反応が鈍っている可能性もある
- ベセント米財務長官は、イランに対する前例のない経済的措置を近く発表すると述べている
- 日本は備蓄によって当面の量を確保できても、中東依存、調達方法の変化、円安によってコスト面の負担は残る
隣の工事の音が聞こえなくなったとき、人はそれを「終わった」と思うのよね。
でも、たいていは終わっていないの。ただ、自分の耳が変わっただけ。
市場も同じよ。値段が動かなくなったのは、リスクが消えたからではない。
そのリスクと一緒に暮らすための値段を、市場が見つけ始めただけ。その値段が正しいかどうかは、たぶん、もう少し先にならないと分からないわ。
世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。
The market moved on. The war didn’t.
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※本記事はブルームバーグ、経済産業省、ロイター、米労働統計局等の公開情報をもとに構成しています。


