スターリンク復旧、でも「誰が止めたか」はまだ闇の中|マスクと米政府が押し付け合う命綱のスイッチ

夕暮れのぬかるんだ平原で土のうの上に置かれた平たい衛星通信アンテナが冷たく光り、空には一列に連なる人工衛星の光と速度を落とした一機の小型ドローン、遠くの地平線には製油所の黒い煙が上がる。命綱のスイッチを誰が握るかを描いた映画的な絵画 国際情勢

マンションのエレベーターが、ある日突然、3階より上に行かなくなった。

管理会社に電話すると「うちはオーナーの指示に従っているだけです」。オーナーに聞くと「そんな指示は出していない」。そして10日後、なぜか何事もなかったように最上階まで動き出す。

「直ったならいいじゃない」とは、ならないわよね。だって、また明日止まるかもしれないし、止めた人が誰なのかもわからないんだから。

しかも、エレベーターなら階段がある。でも戦場の通信には、そう都合よく非常階段がついていないのよ。

いま、ウクライナで起きているのは、これの戦場版よ。

何が起きたの?

10月14日ごろから、ウクライナ軍が使っている衛星通信「スターシールド」が、おかしな止まり方をするようになった。

スターシールドは、イーロン・マスク氏が率いるSpaceXが、政府や軍向けに展開する衛星サービス。商用のスターリンクの衛星網を基盤に、暗号化を強化した通信などを提供している。いわば、スターリンクの軍用仕様よ。ウクライナ軍は、これを使ってドローンを遠隔操作している。

ところが、時速約160kmを超えて移動する端末では、通信が切れるようになったの。通信速度じゃないわよ。ドローンが飛ぶ速度の話し。

つまり、速く飛ぶドローンだけが、操縦できなくなった。ウクライナ側によると、ロシア軍への攻撃に使う中距離のドローンや、ロシアの無人機から都市を守る迎撃用のドローンの運用に支障が出た。操縦を失ったドローンもあれば、速度を落として飛ばしたせいで、撃ち落とされやすくなったドローンもあったと報じられている。

一度は「戻った」という情報も流れたけれど、その後も接続の不具合は続いた。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、21日にはトランプ大統領がマスク氏に電話をかけ、復旧を求めたという。

そして24日。ロイターによると、ウクライナ国防省は、時速400kmを超える速度でも安定した通信が確認できたと発表した。少なくとも、問題になっていた速度制限は解消に向かっている。ただし、全面的に復旧したかどうかは明言しておらず、監視を続けているわ。

時速160kmで切れていた回線が、400km超でもつながるようになった。ドローンはようやくスピードを取り戻した。でも説明責任のほうは、相変わらず時速0kmよ。

犯人探しは、全員「あたしじゃない」

この話しで一番不気味なのは、止まったことそのものより、誰がスイッチを押したのかがはっきりしないことよ。

それぞれの言い分を並べてみるわね。

  • ウォール・ストリート・ジャーナルは、マスク氏がSpaceXに速度制限を指示したと報じた
  • ロイターは、米政府関係者の話しとして、制限の指示はホワイトハウスの内部から出たと報じた
  • ホワイトハウス側の高官は「大統領はそんな要請をしていない」と否定。ルビオ国務長官も「われわれは一切関与していない」と述べた
  • マスク氏は「スターシールドは米政府が所有し、管理している」と投稿。速度や利用の制限は、米軍か、最終的には大統領が決めることだと主張した

ところが24日、話しが少し動いた。

AP通信によると、マスク氏は、ウクライナ軍が商用のスターリンクを攻撃用のドローンに使い、利用規約に違反したとして、SpaceXによる制限を認めた。一方、軍用のスターシールドについては、制限を決めるのは米政府だという主張を変えていない。

つまり、商用サービスを制限した理由は説明された。でも、今回問題になった軍用サービスの速度制限を、誰が最終的に決めたのかは、今もはっきりしないの。

マスク氏は政府を指さし、政府はマスク氏を指さす。ウクライナは、その指さしゲームが終わるまで、戦場で通信の復旧を待つしかない。

通信は暗号化されているのに、意思決定のほうはブラックボックス。セキュリティが高いのは結構だけど、説明責任まで暗号化しなくていいのよ。

ちなみにマスク氏は、ゼレンスキー大統領について「やりすぎだ」「退くべき時だ」とX上で投稿している。ゼレンスキー大統領は、イギリスのフィナンシャル・タイムズのインタビューで、「技術的な問題ではなかった。意思の問題だった」と語った。

どの説明を信じても、一つだけ確かなことがある。スイッチは、ウクライナの手の中にはなかったということ。

背景にあると報じられているのは、石油の値段

なぜ、このタイミングだったのか。

ロイターは、この制限が、ロシアの製油所への攻撃をやめるよう求めるトランプ政権の圧力と同じ時期に起きたと報じている。トランプ大統領は、ウクライナによるロシアの製油所攻撃が、世界のエネルギー価格を押し上げていると批判してきたの。マスク氏がゼレンスキー大統領を「やりすぎ」と批判したのも、ロシアの製油所への攻撃をめぐってだった。

ただし、ここには一つ妙な話しがある。

報道によると、スターリンクの衛星網はロシア国内では使えない。つまり、ロシア領内の製油所を攻撃するような長距離のドローンは、そもそも今回の制限とは関係が薄い。実際に通信を失ったのは、前線での攻撃や、都市を守る迎撃に使うドローンだった。

仮に製油所攻撃をやめさせるための圧力だったとしても、困ったのは別の任務のドローンだった、ということになる。ガソリン代をめぐる政治の駆け引きが、都市を守る迎撃ドローンにまで影響したのだとすれば、なんとも皮肉な話しよね。

もちろん、通信制限と製油所攻撃の関係を、誰かが公式に認めたわけじゃない。直接の因果関係は、まだ確認されていないわ。

それでも、アメリカでは、ガソリン代を含む生活費の高騰が人々の気分を圧迫している。中間選挙を目前に控えた政権にとって、ガソリン代は政治の急所よ。

原油価格は世界でつながっている。でも、まさかドローンの通信までガソリンスタンドの値札とつながるとはね。

日本のあたしたちへ

日本も、同じ構造の上にいる

「戦争の話しでしょ」と思った人。日本も、無関係じゃないの。

防衛省によると、自衛隊は2023年からKDDIを通じてスターリンクの実証試験を行い、2024年度から各自衛隊で利用を進めている。2024年の能登半島地震の災害派遣でも、スターリンクが使われた。道路が寸断され、携帯の基地局が倒れたとき、空から届くインターネットは本当にありがたい。それは間違いない。

もちろん、日本の自衛隊が使うスターリンクと、ウクライナの軍用スターシールドは同じ契約じゃない。今回とまったく同じことが日本で起こると決まったわけでもない。

ただ、通信インフラの一部を海外の企業に頼る以上、その企業の判断や、外国の政府の方針がリスクになりうる。その構造は共通しているのよ。

衛星は宇宙を飛んでいて、国境なんて関係なさそうに見える。でも利用条件を決めるのは、地上の人間。技術は国境を越えたのに、政治はしっかり地上に居座っているのよ。

ちなみに防衛省は、スターリンクとは別に、ソフトバンクを通じて別の衛星通信網「OneWeb(ワンウェブ)」の実証にも乗り出している。もちろん、OneWebも海外企業のサービスで、日本がすべてをコントロールできるわけじゃない。それでも、一社に頼るよりは選択肢が増える。ウクライナも今回、自前の衛星通信網づくりの検討を始めた。

命綱を一本しか持たないのは危ない。でも、二本とも同じ人が握っていたら、それはそれで困るのよ。

SpaceXの株を持つ人は、政治リスクも一緒に持っている

もう一つ、投資の目線でも見ておきたいわ。

SpaceXは今年上場して、世界中の投資家が株を買えるようになった。直接買った人だけでなく、今後、SpaceXを組み入れる投資信託やETFを通じて保有する日本人も出てくるでしょうね。

普通、株を買うときは、売上や利益、成長率を見る。でもSpaceXの場合、もう一つ見ておきたいものがある。CEOのXアカウントよ。

決算書は四半期に一度。でも投稿はいつ飛び出すかわからない。ロケットの打ち上げ予定は確認できても、経営者の次の投稿予定までは確認できないものね。

会社の業績がいくら良くても、一本の投稿や一本の電話で、見え方が変わりうる。株を買うとき、あたしたちは会社の売上だけでなく、その会社を取り巻く人間関係ごと買っているのよ。

あたしの暮らしの「スイッチ」は、誰が持っている?

最後に、あたしたち自身の暮らしにも置き換えてみて。

スマホの決済、メール、写真の保存、仕事の連絡。気づけば、ほとんどを一つか二つの海外企業のサービスに預けていない?

スマホ決済しか持っていない日に通信障害が起きたら? クラウドにしか保存していない写真に、アクセスできなくなったら? 普段便利なサービスほど、止まった瞬間に、自分がどれだけ頼っていたかを思い知らされる。サブスクの請求だけは毎月きっちり届くのにね。

全部を自前でやる必要はないわ。ただ、決済手段を一つにまとめすぎない。大事なデータは別の場所にもコピーしておく。それだけで、誰かがスイッチを切ったときのダメージは、ずっと小さくなる。

ウクライナが大きな代償を払って直面した問題を、あたしたちはニュースから学べる。自分の暮らしを見直すには、それだけでも十分な理由になるわ。

今日のまとめ

  • ウクライナ軍のスターシールドは約10日間、高速で移動する端末の通信が切れる状態になった。24日には時速400km超でも安定した通信が確認されたが、全面復旧の範囲ははっきりしない
  • マスク氏は商用スターリンクの制限を認めた一方、軍用スターシールドの制限は米政府の判断だと主張。軍用サービスの速度制限を誰が最終的に決めたのかは、なお不透明
  • 制限はロシアの製油所攻撃をめぐる米国の圧力と同じ時期に起きたが、直接の因果関係は確認されていない。実際に影響を受けたのは、前線や都市防衛のドローンだった
  • 日本も自衛隊や災害現場でスターリンクを使っている。国も企業も個人も、命綱のスイッチを誰が持っているかを確かめ、頼り先を分けておくことが大事

世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。

A lifeline you can’t control is a dependency, not security.


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※本記事は、ウォール・ストリート・ジャーナル、ロイター、AP通信、アルジャジーラ、ユーロニュース、共同通信、防衛省の公表資料などの報道をもとに構成しています。マスク氏は商用スターリンクの利用制限についてSpaceXの関与を認めていますが、軍用スターシールドの速度制限に関する最終的な意思決定者は明らかになっていません。通信制限と米国の対ウクライナ政策との因果関係も確定していません。情報は2026年10月25日時点のものです。

この記事を書いた人

40代、元外資テック・米銀行、米国生活経験あり。
東京で愛犬と暮らす観察者。
「経済的自立」がモットー。

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