「同じ仕事なのに、手取りが大きく増える」
そう言われたら、どうするかしら。
……たぶん、次に「で、家賃は?」って聞くわよね。それが正しい反応なの。
まず、何が起きているのか
香港に、外国人が戻ってきているわ。
2025年に香港が承認した外国人専門職向けの就労ビザは、31,278件。国別に見ると、韓国が5,516件、日本が3,689件、英国が2,472件、米国が2,121件よ。2026年に入っても勢いは続いていて、1月から3月だけで6,974件が承認されているの。
コロナ禍で落ち込んだ5年前と比べると、2倍を超える水準まで戻ったことになるわ。
ただし、ここは正確に見ておきたいの。2020年はコロナの真っただ中で、空港も会社も「本日は閉店です」みたいな状態だったのよ。1月から9月までで11,474件まで落ち込んでいたの。
だからこれは「香港が突然モテ始めた」という話しではないわ。一度ガラガラになった店に、お客さんが戻ってきたと考えるほうが近いのよ。
とはいえ、戻ってきているのは事実。数年前まで、この街は「終わった」と言われていたんだから。
2020年の国家安全維持法の施行後、外国人が去り、金融ハブとしての地位はシンガポールに奪われた。IPOの調達額も世界首位から転落したわ。「アジアの金融センターはもう終わり」という見方が広がっていたの。
理由① 株式市場が、本当に復活したのよ
数字を並べるわね。
香港のIPO市場は2025年、119件の上場で約374億ドルを調達して、世界首位に返り咲いたの。首位は2019年以来よ。
そして2026年上半期は87社が上場して、およそ2,120億香港ドルを調達したわ。前年同期比で94%増ね。ちなみに現時点では世界2位よ。ここは正確に書いておくわ。
混雑ぶりも尋常じゃないの。3週間で35社が上場する場面もあって、1日で6社が同時上場して192億香港ドルを調達した日もあったそうよ。
そして6月末の時点で、まだ534件の上場申請が処理待ちなの。
つまり香港証券取引所はいま、「次の方どうぞ」と言ったら「いや、後ろに534社並んでます」という状態ね。
銀行のATMだったら、あたしは帰るわ。
なぜ、こんなに集まっているのか
理由はひとつではないの。ここも正確に書いておきたいわ。
米国が中国企業の上場を締め出す動きを強めたことで、中国企業にとって香港の重要性がさらに高まった。これが要因のひとつね。
でもそれだけじゃないのよ。中国本土からの資金流入、香港側の上場制度の改革、そして国際的な機関投資家の回帰。複数の要因が重なっているわ。
実際、2026年1月から7月に香港取引所へ新規上場した中国本土企業は94社。2025年の通年実績76社を、7カ月で上回ったの。調達総額も3,249億香港ドルで、こちらも2025年通年を超えているわ。
なかでも増えているのが「A+H」と呼ばれる重複上場よ。中国本土の取引所にすでに上場している企業が、香港でも上場するというもの。上半期の調達額のうち1,217億香港ドル、市場の半分以上をこれが占めているの。
アメリカが玄関を狭くした。中国企業は帰らなかった。香港の玄関に並んだ。
資本主義って、帰宅しないのよね。別の入口を探すの。
理由② そして、税金の話しなの
ここが今日いちばん、読者の財布に近い話しよ。
香港の給与所得税、いくらだと思う?
仕組みから説明するわね。香港では2つの計算方法があって、低いほうが適用されるのよ。
ひとつは累進課税で、2%から始まって最高17%。もうひとつは標準税率で、最初の500万香港ドルまでが15%、それを超える部分が16%。この2つを計算して、安いほうを払えばいいの。
だから高所得者でも、実効税率は15%前後に収まるケースが多いわ。
最高税率ベースで日本と比べると、こうなるの。日本は所得税が最高45%、これに住民税およそ10%が加わるわ。香港は標準税率で15%から16%に抑えられる。
100円稼いだとするでしょう。
香港「税金ください」。あたし「いくら?」。香港「だいたい15円くらい」。
日本「こちらも税金を」。あたし「いくら?」。日本「……話しが長くなります」。
その時点で、香港がちょっと眩しく見えるのよね。
しかも香港には、消費税がないの。相続税もないわ。株の売却益や配当も、原則として課税されないのよ。さらに属地主義といって、香港の外で得た所得には原則課税されないの。
そして香港政府は、一定のファンドマネジャーの成功報酬を給与所得税の対象から外す税制改正案まで進めているわ。ただし2026年8月時点では、まだ法案審議中よ。
ちなみに昨日、シンガポールが対抗する税制とビザの優遇策を発表したの。
香港「税金安くします」。シンガポール「うちも」。ファンドマネジャー「もっと争ってください」。
とても資本主義らしい展開になってるわね。
さて、ここからが本題よ。家賃の話しをしましょう
冒頭で「で、家賃は?」と聞くのが正しい反応だと書いたでしょう。理由がこれなの。
2024年版のDemographia調査によると、香港の住宅価格は世帯年収の中央値の16.7倍。14年連続で、調査対象都市のワーストだったわ。
2位のシドニーが13.8倍、3位のバンクーバーが12.3倍。ぶっちぎりの1位なのよ。一般に「手頃」とされるのは3倍から5倍。
年収を17年間、一円も使わず全部貯金して、ようやく平均的な家が買える計算になるわ。
もちろん17年間、食べません。服も買いません。電気も使いません。生存については各自でお願いします。
……….そして17年後、家は買えます。住む人が残っているかは知りません。
そして人が戻ってくれば、当然どうなるか。家賃が上がるわ。実際、報道でも家賃上昇が指摘されているの。
税金は下がる。でも、住むところは高い。
しかも、契約次第で話しが変わるのよ
日本人が香港で働く場合、条件は大きく分かれるわ。
日本の会社から派遣される駐在員には、住宅手当や社宅が待遇に含まれることがあるの。一方、自分の意志で香港の会社に就職する現地採用では、自分で家賃を負担するケースも多いわ。
もちろん会社や業界、役職によって差は大きいから、一概には言えないの。現地採用でも住宅手当を出す会社はあるしね。
でも大事なのはここよ。同じ年収でも「家賃を誰が払うか」で、手元に残る額はまったく変わるということ。
だから、税率を見る前に、雇用契約の「Housing」の欄を見て。
ビザのハードルも、低くはないわ
もうひとつ、現実的な話しをしておくわね。
香港の一般的な専門職向け就労ビザでは、原則として学位などの教育背景があること、香港で簡単には代替できない仕事に就くこと、報酬が現地の市場水準に見合っていることなどが審査されるの。
ここ、よくある誤解を訂正しておくわ。「月収3万香港ドル以上」といった一律の最低給与ラインがあるわけではないのよ。実際、2025年の承認者を見ると、月収2万香港ドル未満のケースも14,850件あるの。
香港政府が見ているのは、金額そのものより「この人じゃなきゃダメなの?」ということね。
「英語できます」。ーー香港にもゴロゴロいます。
「Excelできます」。ーーかなりいます。
「PowerPointできます」。ーーお帰りください。
……くらいに考えておくと、ちょうどいいと思うわ。
なお2025年には、申請料600香港ドルが新設されて、承認後のビザ発給料も従来の230香港ドルから最大1,300香港ドルへ引き上げられたの。
人を呼びたいのか、入場料を取りたいのか、ちょっとだけ迷うわね。
中国語の要件も、上がっているそうよ
これも見逃せない変化だわ。
外国人の流入が増えたことで、企業側が選べる立場になっているの。結果として、中国語ができることや、より高い専門性が求められるようになっているそうよ。
門が広がったのではなくて、門の前に人が増えた。そういう状況なのよね。
あたしたちの生活には、どう影響するの?
「海外で働く人の話しでしょ」で終わらせるにはもったいないから、押さえておくことは3つ。
① 税率だけでは、何も決まらないのよ
これ、今日いちばん持ち帰ってほしいことだわ。
税率の数字を並べると、答えが出たような気がするでしょう。でも実際に比べるべきなのは、手取りから住居費を引いた後の金額なの。
香港は税金が安い。でも住宅の対所得倍率は世界ワースト。しかも家賃を誰が払うかは契約次第。
この3つを同時に計算して、はじめて意味のある比較になるわ。
海外移住の話しって、たいてい税率の話しから始まるでしょう。でも本当に効くのは、生活費のほうなのよね。
② 「どこで、どの通貨で稼ぐか」を考える人は増えるかもしれないわ
円安などで、日本から海外の給与を見たときの相対的な魅力は変わるでしょう。そうなれば、働く場所や通貨を考え直す人が増える可能性はあるわ。
これは煽りではないの。実際に日本からの流入が増えているというデータが出ている、という話しよ。
ただし忘れないでほしいのは、香港の生活コストも世界最高水準だということ。逃げ場ではなくて、別の条件の場所なのよ。
③ 投資という関わり方もあるわ
働きに行くだけが選択肢ではないの。
香港市場が復活しているという事実そのものは、投資の観点からも見る価値があるわ。日本の証券会社でも香港株を取り扱っているところがあるから、興味があれば自分の口座で確認してみて。
ただし、ここは慎重に見てほしいの。いま香港に集まっている資金のかなりの部分は、中国本土企業の重複上場によるものよ。つまり中身は、相当な割合が中国株なの。
「香港市場が好調」というニュースを見たとき、その中身が何なのかまで見ておくと、判断が変わることがあるわ。
今日わかったこと
- 2025年の外国人専門職向け就労ビザ承認は31,278件で、コロナ禍の5年前と比べ2倍超の水準に戻った
- 国別では韓国5,516件、日本3,689件、英国2,472件、米国2,121件が上位を占める
- 香港のIPO市場は2025年に世界首位へ返り咲き、2026年上半期も前年同期比94%増と伸びている
- 米国上場のハードル上昇に加え、本土からの資金流入や制度改革など複数の要因が重なっている
- 香港の給与所得税は標準税率で15〜16%に抑えられ、消費税も相続税も存在しない
- 一方、2024年版Demographia調査では住宅価格が年収中央値の16.7倍で14年連続ワースト
- 就労ビザに一律の最低給与ラインはなく、代替できない人材かどうかが問われる
数年前まで「香港は終わった」と言われていたわ。
でも、街というものは案外、終わらないのよ。
アメリカの扉が狭くなれば、中国企業は香港へ行く。税金が高ければ、人は税金の安い場所を見る。シンガポールが有利になれば香港が条件を変え、香港が条件を変えればシンガポールも動く。
世界は「どこが一番いい国か」で動いているんじゃないの。
昨日より、どこがマシになったか。
だいたい、それで動いているのよ。
ただし香港へ行く前に、ひとつだけ。給料を見て。税金を見て。そして最後に、家賃を見て。
そこで電卓が急に無口になったら、正常です。
世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。
The tax is low. The rent has entered the chat.
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