投資の世界には、こういう習性があるの。
ひとつ大当たりが出ると、みんな血眼になって「次の同じやつ」を探し始める。金脈をひとつ掘り当てた人がいると、周りが一斉に「こっちにも金があるはずだ」ってスコップを持って走り出す。あの現象よ。
今、その投資家たちが一斉に走り出した先が、ちょっと意外な場所なの。「薄毛」。そう、髪の毛の話し。
今日はその、なんとも人間くさいお金の流れの話しをするわね。
まず、ひとつ前の大当たりの話しから
数年前、製薬の世界で歴史的な大当たりが出たの。「GLP-1」っていう種類の薬。名前は聞き慣れなくても、「オゼンピック」とか「痩せる注射」って言えば、ピンとくる人も多いんじゃないかしら。
もともと糖尿病の治療で広がったGLP-1系の薬が、肥満症の治療でも大ヒットしたの。使うと体重がしっかり落ちることがわかって、世界中で爆発的に売れた。この薬を作った会社の株価も、どーんと跳ね上がったのよ。
なんでこんなに売れたか。ポイントはね、この薬が「病気の治療」と「見た目をよくしたい」の、ちょうど真ん中にあったこと。健康のためでもあるし、キレイになりたいからでもある。この2つが重なると、人はお財布のヒモがゆるむの。しかも、痩せたい人って、世界中に山ほどいるでしょ。ええ、もちろんあたしもその巨大市場の一部よ。
「深い悩み × 巨大な人数」——これが、とんでもない金脈になったわけ。
で、投資家は考えた。「次に同じことが起きるのはどこ?」
大当たりを目撃した投資家たちは、当然こう考えるの。「GLP-1みたいに、”深い悩み × 巨大な人数”が揃ってて、まだ良い薬がない分野は、他にどこ?」って。
そして、みんなの視線が集まった先が——薄毛だったの。
考えてみると、条件がびっくりするほど揃ってるのよ。
まず、人数。アメリカだけで、男性は約5000万人、女性は約3000万人が、いわゆる「パターン型の薄毛(生え際や頭頂部が薄くなるタイプ)」に悩んでるとされてるの。世界で見たら、もう数えきれない。
次に、悩みの深さ。薄毛って、命に関わる病気じゃない。でも、鏡を見るたびの気持ちの重さは、経験した人にしかわからないくらい深い。
この「数字にしにくいけど、確かに深い悩み」っていうのが、実はGLP-1とそっくりなの。
そして極めつけが、空白。薄毛治療の世界では、ミノキシジル(塗り薬)やフィナステリド(飲み薬)が定番になって以降、アメリカでパターン型薄毛向けの大きな新薬が、約30年も登場していないの。
投資家からすると、「客は8000万人いるのに、新商品が30年ほぼ入ってこなかった売り場」。……そんなの見つけたら、そりゃスコップ持って走るわよ。
「MANE」という、洒落の効いた主役
この薄毛レースで今いちばん注目されてるのが、Veradermics(ヴェラダーミクス)っていう会社。
この会社、株式市場でのあだ名(ティッカーっていう識別記号)が「MANE」なの。英語で「たてがみ」。ライオンのフサフサのアレよ。薄毛の薬を作る会社が「たてがみ」を名乗る、このセンス。狙ってるわよね、完全に。
そのMANE、2月に株式市場にデビューしてから、株価は約500%上昇。つまり、ざっくり5〜6倍よ。
開発しているのは「VDPHL01」という薬。ミノキシジル自体は昔からある薬で、薄毛治療では塗り薬が有名でしょ。ただ実際の医療現場では、飲むタイプのミノキシジルも、正式な承認の枠外で使われてきたの。
MANEが狙ってるのは、そのミノキシジルを、薄毛治療向けの「徐放性(=ゆっくり効くように工夫した)の飲み薬」として正式に開発して、FDA(アメリカの薬の承認機関)のお墨付きまで持っていくこと。つまり、ゼロから魔法の毛生え薬を発明したわけじゃないの。昔からあった武器を、正式な商品として巨大市場に持ち込もうとしてる。こっちのほうが、むしろ投資の話しとしては面白いのよ。
もし承認されれば、男性では約30年ぶりとなるFDA承認の新たな飲み薬、女性では初のFDA承認の飲み薬になる可能性があるの。
しかもね、MANEの株が上がってるのは「ハゲ市場、デカそう」っていう夢だけが理由じゃないの。男性500人超を対象にした試験では、6カ月で毛髪数が統計的にしっかり増えて、女性を対象にした試験でも発毛の効果を示すデータが出てるの。
つまり市場はいま、「儲かりそう」という期待だけじゃなく、「これ、本当に効くかもしれない」という数字にも、お金を乗せ始めてるってこと。
株が跳ねたのはMANEだけじゃない。Absci(アブサイ)っていう会社も今年株価が2倍以上。スイスのCosmoも、最終段階の試験(第3相)まで進んだ薄毛薬で良い結果を発表してる。
まさに、投資家たちが薄毛という売り場に、どっと押し寄せてる真っ最中なの。
ここが今日の芯。なぜ「恥ずかしい悩み」は、最強の商品なのか
さて、ここからが一番おいしいところ。
なんで投資家は、こんなに薄毛にヨダレを垂らしてるのか。人数が多いから、だけじゃないの。もっと生々しい理由があるのよ。
理由その一
自腹で払ってでも欲しい人がいるから。薄毛治療は、命を救う薬とは少し違って、保険で広くカバーされず、自費になるケースも多いの。でも、悩んでる本人にとっては、「なくても死なない」が「お金を払わない」にはならないのよ。むしろ逆。鏡を見るたび気になる。写真を撮るたび気になる。人と会うたび気になる。そういう悩みって、保険が効かなくても、本人が自分から財布を開くの。企業からしたら、ここが強い。
理由その二
長く使い続けるから。薄毛の薬って、多くの場合、使うのをやめると効果も止まって、また元に戻っていくの。つまり、一度始めたら、髪を保ちたい限り、長く使い続ける顧客になりやすい。これ、企業側から見ると、毎月自動で更新される、あのサブスクと同じ構造なのよ。
深い悩み。巨大な人数。自腹。そして、継続。
……これ、薬の説明じゃないの。投資家が大好きな「事業モデル」の説明なの。病気を一回治して「はい、さようなら」じゃない。毎朝鏡を見るたび思い出す悩みがあって、本人がお金を払い、効果を保つために長く使う。つまり企業から見れば、コンプレックスが、毎月更新される売上になる。
なんとも人間くさい話しよね。あたしたちが鏡の前でため息をついている、そのすぐ後ろで、ウォール街は電卓を叩いてるの。
日本のあたしたちへ
「アメリカのバイオ株の話しでしょ、遠いわ」って思うかもしれないけど、この話しには、2つの角度であたしたちに関係してくるの。
ひとつは、投資家として。もし新NISAで米国株や世界株の投信を持ってるなら、医薬品・バイオ業界そのものには、間接的に投資してる可能性があるの。だから、こういうブームは完全な他人事じゃない。ただし、ここは冷静にね。バイオ株って、ものすごく上がる代わりに、ものすごく落ちることもあるの。薬って、試験(治験)の結果が悪かったり、承認が下りなかったりすると、株価が一夜で半分になることも珍しくない。バイオ株は、いわば「薬が完成する前に、未来の売上まで株価に乗せるゲーム」なの。夢に乗るのは自由だけど、その夢が外れたときの落差も大きい、ってことは忘れないでほしいの。
もうひとつは、消費者として。この「恥ずかしい悩みほどお金になる」構造は、薄毛だけの話しじゃないの。美容、ダイエット、アンチエイジング、コンプレックス系の商品ぜんぶに共通する仕組みなの。企業は、あなたの「なんとかしたい」という気持ちの深さを、ちゃんと値段に変えてくる。それが悪いって言ってるんじゃないの。悩みを解決してくれる薬や商品は、本当に人を救うから。ただ、「この商品、私の悩みにつけ込んでない?」「一度始めたら、ずっと払い続ける仕組みになってない?」って、一歩引いて見る目は、持っておいて損はないわ。
自分のコンプレックスにお金を使うのは、まったく悪いことじゃない。それで自信が持てるなら、素敵な投資よ。ただ、そのお金が「誰かの優良な事業計画書」の一部でもあるってことを、ちょっとだけ頭の隅に置いておく。それだけで、お財布との付き合い方は、少し賢くなるはずよ。
今日のまとめ
- 肥満症薬(GLP-1)の歴史的大ヒットを見た投資家が、「次の同じ金脈」を探し始めた
- たどり着いた先が薄毛。理由は「深い悩み × 巨大な人数(米国だけで8000万人) × 約30年新薬なしの空白」がGLP-1とそっくりだから
- 主役は飲む薄毛薬を開発するVeradermics(ティッカー「MANE」)。IPO以来約500%上昇。男性500人超の試験で有意な発毛データも。Absciも今年株価2倍超
- 投資家がヨダレを垂らす本当の理由は「自腹で払う × 長く使い続ける(サブスク的)」。コンプレックスが毎月更新される売上に化ける
- 日本の投資家にはバイオ株の乱高下リスク、消費者には「悩みにつけ込む商品構造を見抜く目」が教訓
世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。
The most bankable market on earth is the one people are too embarrassed to talk about.
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※本記事はブルームバーグ、BioSpace、Axios、Drug Discovery Newsの公開情報をもとに構成しています。


