一昨日のあたし、こう書いたの。「みんな、金曜のスピーチを待って息を潜めてる」って。テストの結果発表を待つ教室、みたいな空気だって。
その金曜が、昨日ついにきたのよ。アメリカの中央銀行のトップ、ウォーシュさんが、世界中が見守るなかで大事なスピーチをした。
みんな「さあ、これで方針がわかる!」って身を乗り出したのよ。
ところがね。返ってきた答えは、なかなかの肩透かしだった。しかもそのスピーチひとつで、日本が15兆円以上かけて必死に押し戻してきた円が、また160円の扉を叩き始めたの。15兆円で押し返した円安を、数十分のスピーチがまた引っぱり戻す。
今日は、そのちょっと残酷な話しをするわね。
まず、ウォーシュさんは何て言ったの?
スピーチの中身を、ひとことでまとめるとこう。「最近ちょっと数字が良かったからって、安心するの早いわよ」。
昨日の記事で「アメリカの物価は下がりきらずに足踏みしてる」って話しをしたでしょ。この夏には、予想よりマシな物価の数字も出てはいたの。でもウォーシュさん、それを見ても「インフレの根っこが本当に良くなったとは、私には思えない」ってバッサリ。
しかも、アメリカ経済は思ったより元気なの。仕事も大きく崩れてないし、消費も底堅い。つまり「景気がヤバいから、助けるために金利を下げてあげなきゃ」っていう言い訳も、今のところあまり見当たらない。だからウォーシュさんはこう言い切った。「目標(物価の上がり方を2%まで下げること)は絶対に動かさない。達成できると確信できないなら、我々にはまだ仕事がある」。
「甘やかさないわよ」って先生の顔よね。
こういう「物価に厳しい=金利を下げるどころか、上げるかも」という姿勢のことを、市場では「タカ派」って呼ぶの。タカって、鋭くて厳しいイメージの鳥でしょ。その逆の「優しい、金利を下げたがる」姿勢は「ハト派」。
昨日のウォーシュさんは、完全にタカの方だったってこと。
でも、肝心なことは教えてくれなかった
じゃあ「9月に金利を上げます」ってハッキリ言ったのかというと——言わなかったの。ここが肩透かしポイント。
ウォーシュさんには、ちょっと変わったこだわりがあってね。「中央銀行は、次にどうするかを前もってベラベラ喋るべきじゃない」って考えなの。専門用語で、この「前もって方針を予告すること」を”フォワードガイダンス”って言うんだけど、ウォーシュさんはこれをあえてやらない主義なの。
彼の言葉がふるってるの。「市場のみんなが、次の儲け話しのヒントを中央銀行にばっかり求める、そんな状態は良くない」ですって。
要するに「私の口ばっかり見てないで、自分で考えなさい」ってこと。「決定にコミットするんじゃない、規律にコミットするんだ」なんて、かっこいいこと言っちゃって。
だからみんな、答え合わせをしに行ったのに、「答えを教えないのが、私の方針です」って返された格好。テストの解答用紙をもらいに行ったら、先生に「自分で採点しなさい」って言われたようなものよ。
でも市場って、こういうときだけ妙に察しがいいの。講演の前には3割台だった「9月に利上げ」の予想が、講演のあとには過半数まで跳ね上がった。「上げます」とは言ってない。でも「上げても全然おかしくない顔」は、して帰ったのよ。
言葉を減らした結果、かえって態度が目立っちゃったわけ。
ここで日本の「15兆円」が効いてくる
さて、ここからが日本のあたしたちの話しよ。同じ日、日本でも大きな発表があったの。
財務省が「この1カ月で、円を守るために15兆3993億円を使いました」って公表したの。1カ月の金額としては、過去最大よ。
これ、何のことかというと——「為替介入」。円がどんどん安くなる(円の価値が下がる)のを止めるために、国が持ってるドルを売って、代わりに円を買う。円を大量に買えば、円の人気が上がって、値段が支えられる。その”円の買い支え”に、15兆円も注ぎ込んだってこと。しかも今回は、なんとアメリカも一緒に円を買ってくれたの(協調介入っていうの)。
アメリカまで一緒に「円を買った」のは1998年以来、28年ぶりの、かなり異例のことなのよ。
そしてね、この介入、ちゃんと効果はあったの。介入する前、円は1ドル=164円近くまで安くなってたんだけど、介入のおかげで一時155円台まで戻したの。だから「15兆円がぜんぶ無駄だった」わけじゃない。ここは大事なところ。
15兆円 vs マイク一本、勝ったのは
ところがね。その日本の大奮闘も、時間が経つと、じわじわ押し戻されてきたの。
講演のあと、円はまた1ドル=160円近くまで下がっちゃった。その日の東京市場では、日本の物価が強めに出たこともあって、円は159円台で踏ん張ってたのよ。ところがウォーシュさんが口を開いて「インフレ、まだ安心できません」。市場は「……あ、これ利上げあるわ」。
ドルが買われて、円はまた160円近辺へ逆戻り。
考えてみて。日本は15兆3993億円。ゼロを数えるのも嫌になる金額よ。しかも今回はアメリカまで呼んで、一緒に円を買ってもらった。
一方のウォーシュさんが使ったもの。マイク一本。
もちろん「スピーチだけで15兆円が消えた」わけじゃない。さっき言ったとおり、介入には円を155円台まで戻した効果がちゃんとあった。でもね、ここが残酷なところなの。
介入は、円の「値段」を動かせる。でも、円安を生んでる「理由」までは変えられないの。円が安くなる根っこの理由は、アメリカと日本の金利の差。アメリカのほうが金利がずっと高いから、みんなお金をドルに置きたがって、円が売られる。この金利差が大きいままだと、時間が経てば、市場はまたそこを見に戻ってくる。
つまりね。15兆円は、市場を「押す」ことはできる。でも金利差は、市場を引っぱる「重力」そのものなの。どんなに力いっぱい押し上げても、重力は消えない。手を離せば、また落ちてくる。そりゃ、重力のほうがしつこいわよ。
だから市場では、この介入を「時間稼ぎ」と見る向きも多いって、日経も報じてるの。
日本のあたしたちへ
「国の介入とか、アメリカの中央銀行とか、スケールが大きすぎてピンとこない」って思うわよね。でも、これはあなたの毎日の買い物に、まっすぐ繋がってるの。
円が160円台まで安くなるってことは、海外から買うものが、ぜんぶ割高になるってこと。石油も、小麦も、コーヒーも、スマホも。日本は食べ物もエネルギーも輸入に頼ってるから、円が安いと、スーパーの値札もガソリン代も、じわじわ上がる。国が15兆円かけて円を守ろうとしてるのは、裏を返せば「円安があたしたちの生活を痛めつけてる」からなの。
じゃあ、あたしたちに何ができるか。正直、為替そのものは、あたしたち個人にはどうにもできない。国が15兆円使っても止めきれないものを、個人が止められるわけがないもの。
だからこそ、大事なのは「円だけを持たない」という発想なの。もし全財産を円の預金だけで持ってたら、円が安くなるぶん、あなたの資産は世界の中で静かに目減りしていく。たとえば新NISAで海外の資産も持っていれば、為替ヘッジなし(円に対する保険をかけてないタイプ)の商品なら、円安になったときに円換算の価値を押し上げる方向に働くの。もちろん、株そのものが下がれば資産は減るから、「海外資産を持てば安心」なんて単純な話しじゃないわ。
でも、「円しか持っていない」という一方通行の賭けからは、降りられる。それが分散ってものよ。
今日のまとめ
- ウォーシュFRB議長がジャクソンホールで初講演。「インフレはまだ鈍化していない、2%目標は必ず達成する」と厳しい姿勢(タカ派)
- ただし「9月に利上げ」とは明言せず。方針を予告しない主義を貫き、答え合わせを待った市場は肩透かし
- それでも市場は察知。9月利上げの予想確率が、講演前の3割台から過半数へ上昇
- 同じ日、日本は過去最大15兆3993億円の為替介入を公表(米国との円買い協調介入は28年ぶり)。介入で円は一時155円台まで戻す効果もあった
- だが講演後、円は再び160円近辺へ。介入で「値段」は動かせても、円安の理由=日米の金利差は変えられなかった
国はバケツで水をかき出すのに必死。あたしたちにできるのは、そのプールの外に、小さくてもいいから自分のボートを用意しておくこと。
世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけよ。
Japan spent ¥15 trillion fighting the yen’s price. Warsh reminded markets who controls the gravity.
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※本記事はブルームバーグ、ロイター、日本経済新聞、CNBC、Axios、ワシントン・ポスト、および財務省の公開情報をもとに構成しています。


