近所のスーパーの卵が、急に値上がりしたとするでしょ。
理由を聞いたら、隣町に巨大ホテルができて、毎朝ケース単位で卵を注文しているんですって。ホテルは大繁盛。養鶏場もウハウハ。困るのは、いつもの卵を1パック買いに来た、あたしたちだけ。
「お客様、ホテルの需要が旺盛でして」
知らんがな。あたしは朝ごはんに目玉焼きを食べたいだけなのよ。
いま、パソコンの世界でも、似たことが起きている。巨大ホテルは、AIのデータセンター。卵は、メモリと呼ばれる半導体。AI向けの高性能なメモリに、メーカーの生産能力や投資が集中する一方で、パソコン向けのメモリまで値上がりしているの。
AIの宴会は盛り上がっているらしいけど、なぜか朝ごはんの会計まで、あたしたちに回ってきそうなのよ。
何が起きたの?
10月29日(米国時間)、インテルとアマゾンが決算を発表したわ。
インテルの7〜9月期の売上は165億ドル(約2.6兆円)。前の年より21%増えた。ところが、10〜12月期の売上の見通しは150億〜160億ドル。市場が期待していた約170億ドルに届かず、株価は時間外の取引で急落した。下げ幅は報道によって16%から20%超まで幅があるわ。
売上21%増で、この仕打ち。ウォール街という場所は、成績表に「よくできました」と書いてあっても、次のテストで満点を取れそうになければ、容赦なく赤点をつけてくるらしい。
一方、アマゾンの売上は2,019億ドル(約31.7兆円)で12%増。クラウドのAWSは460億ドルで39%増と、5年近くでいちばん速い伸びだと報じられている。
それでも株価は時間外で下がった。AI事業が絶好調なのは結構。でも、そのためにいくら使うの? 年末商戦は大丈夫なの? 投資家の質問は、だんだん家庭の家計会議に近づいてきたわ。
「稼いでいるのはわかった。で、今月いくら残るの?」
世界最大級のテック企業でも、聞かれることは意外と庶民的なのよ。
インテル:同じ会社とは思えない二つの景色
インテルのパソコン向け半導体の売上は81億ドル。前の年より5%減った。その一方で、データセンター・AI部門は73億ドル。こちらは78%増。同じ会社の決算とは思えないほど、景色が違うの。
パソコン向けが弱い背景のひとつが、メモリの値上がりよ。リップブー・タンCEOも「メモリの値段がものすごく上がった」と話しているわ。
AIのデータセンターは、大量の高性能メモリを必要とする。メモリをつくる会社だって商売だから、需要が強くて利益も見込める製品に、生産能力を振り向けたくなる。その結果、パソコン向けのメモリにも、供給と価格の圧力がかかる。調査会社のトレンドフォースは2月、今年1〜3月期のパソコン向けメモリの取引価格が、3カ月で2倍以上になる見通しだと発表していたわ。
パソコンメーカーは部品代が上がる。値上げすれば、お客さんが逃げる。値上げしなければ、自分たちの利益が減る。どちらを選んでも、あまり楽しくない。インテルは、パソコン市場の低迷が少なくとも2027年の前半まで続くと見ていて、報道によると2027年は10%縮むとの見方を示しているわ。
しかも、インテルのサーバー向けCPU(コンピューターの頭脳にあたる半導体)は、需要が旺盛なのに、供給を増やすのが追いつかない。部材の不足に加えて、10月14日にイスラエルの工場で作業員が亡くなる爆発事故があり、生産が止まったことも響いたと報じられている。タンCEOは、お客さんの注文に応えきれないことに「少しがっかりしている」と話し、供給を増やすことを最優先にすると説明したわ。
つまり、パソコン向けは需要が弱い。サーバー向けは需要が強すぎて売り切れ。片方のレジにはお客さんが来ない。もう片方には行列ができているのに、厨房から料理が出てこない。経営者としては、なかなか地獄のような飲食店よね。
AIブームの勝ち組になれるかと思ったら、まず問われるのは「で、商品はいつ届くの?」。夢を語る前に、納期を守れということらしいわ。
AIが半導体業界を救っているのか、振り回しているのか。インテルの決算を見る限り、答えは「両方」。しかも、同じ四半期に。
アマゾン:AWSは絶好調、財布はマイナス
アマゾンのAWSは39%増収。しかも、AWSの営業利益は178億ドルで、前の年から約56%増えた。売上だけじゃなく、もうけも大きく伸ばしているの。アンディ・ジャシーCEOは「AWSへの投資は成果を上げている」と胸を張ったわ。素晴らしいじゃない。
ところが、財布を開けてみると話しが変わる。
過去12カ月の営業キャッシュフローは1,683億ドル。前の年より29%も増えている。普通の会社なら、経理部がシャンパンを開けてもおかしくない数字よ。
でも、アマゾンのフリーキャッシュフローは424億ドル(約6.7兆円)のマイナス。稼いでも、稼いでも、設備投資が待っている。7〜9月期だけで、設備の購入に773億ドル(約12.1兆円)を使った。そして2026年の現金ベースの設備投資は、約2,200億ドル(約34.5兆円)になる見通しよ。
家を建てるというより、町を丸ごと建設するような金額ね。しかも、来年も再来年も工事は続くらしい。
ただし、ここは誤解しないで。アマゾンが赤字になったわけではない。7〜9月期の純利益は207億ドルもある。利益は出ている。でも、将来のための投資で、現金が猛烈な勢いで出ていく。
さらに面白いのが、Anthropicへの投資。純利益が前の年より少し減ったのは、前の年の7〜9月期に、Anthropicへの投資の評価益95億ドルが利益を押し上げていたからなの。
ただし、これは企業の価値の評価による会計上の利益であって、95億ドルの現金が銀行口座に振り込まれたわけじゃない。AI企業の評価額が上がれば、出資している会社の決算も華やかになる。でも、データセンターの建設会社に「評価益で払います」と言ったところで、請求書は消えない。
会計上の利益と、実際に使える現金。AIブームが大きくなるほど、この違いが重要になってくるのよ。
ちなみに、ネット通販の売上は685億ドルで、前の年より約2%増。2023年のはじめ以来の低い伸びと報じられている。ただ、北米事業の営業利益は前の年より増えているから、通販がAIの犠牲になったとまでは言えないわ。
勝ち組と、置いてけぼり
AIブームの勝ち組は誰なのか。
まず、メモリをつくる会社。品薄になれば、売り手の立場は強くなる。次に、AWSのようなクラウドの会社。AIを動かしたい会社が増えれば、計算能力を貸す商売も繁盛する。
では、負け組は?
パソコンを買い替えたいのに、値札を見てそっと売り場を離れる人。メモリの仕入れ値が上がって、利益を削るか、値上げしてお客さんを失うか、究極の二択を迫られるメーカー。そして、AIブームに乗っているはずなのに、設備投資の金額を発表するたびに株主から説教される巨大テック企業。
面白いわよね。AIの宴会で儲けている人もいる。会場を貸して儲けている人もいる。でも、会場の建設費が高すぎて、宴会の主催者まで青ざめている。
しかも、宴会に招待されていないあたしたちの買い物にも、影響が出ている。招待状は来ない。請求書だけ来る。ずいぶん失礼なパーティーじゃない。
日本のあたしたちへ
次のパソコンとスマホは、高くなるかもしれない
メモリの値上がりは、アメリカだけの話しじゃない。日本で売られているパソコンもスマホも、世界中の半導体の供給網に頼っている。
しかも、値上がりの規模が笑えなくなってきた。調査会社のIDCは6月、世界のパソコンの平均販売価格が2026年に18.3%上がると予測した。スマホについては、8月に27.6%上がるとの予測まで出しているわ。
もちろん、すべての商品が一律にその割合で値上がりするわけじゃない。安いモデルが減って、高いモデルの売れる割合が増える影響も含まれている。それでも、以前のような値段で買える製品が減る可能性は十分ある。
AIで便利な未来が来ると聞いていたのに、まず届いたのはパソコンの値上げ。未来って、もう少し気の利いた手土産を持ってくるものじゃなかったかしら。
じゃあ、いま買い替えるべきなの? ここで焦って買う必要はないわ。いま使っているパソコンが問題なく動くなら、使い続ければいい。仕事に支障が出ているなら、必要な性能と予算を見て判断すればいい。「いつ安くなるか」を当てるより、「自分にいつ必要か」で決めるほうが、ずっと失敗しにくいのよ。
それから、メモリの容量には注意して。メーカーが値段を抑えるために、メモリの容量を減らした製品を増やす可能性もある。値段は据え置き。でも中身は減量。お菓子の袋だけ立派で、中身が減っている、あの現象よ。まさかパソコン売り場でも、ポテトチップスと同じ目線で買い物する日が来るとはね。
値上げで儲かる側に、もういるかもしれない
パソコンが値上がりするなら、せめて値上げで儲かる側に回りたい。そう思った人。実は、もう回っているかもしれないわよ。
オルカンやS&P500の投資信託には、アマゾンや、アメリカのメモリ大手マイクロンなど、AIの需要拡大の恩恵を受ける企業が含まれている。もちろん、組み入れの銘柄や比率は、ファンドや時期によって違うけれどね。
つまり、メモリの値上がりでパソコン代が高くなる一方、投資信託の中では、メモリの会社の株価の上昇がプラスに働く可能性もある。右のポケットからお金を取られて、左のポケットに少し戻ってくる。しかも、いくら戻ってくるかは市場しだい。ずいぶん気まぐれなキャッシュバック制度よね。
ただし、「じゃあメモリの株を買えばいいじゃない」と飛びつくのは別の話し。半導体の業界には、需要が強すぎて生産を増やしたら、数年後には供給過剰で値崩れするという歴史がある。昨日まで「足りない!」と叫んでいた市場が、明日には「誰がこんなに作れと言った?」と言い出す。投資家というのは、実に忙しい生き物なのよ。
AIの値札は、あたしたちにも回ってくる
今週の「AIの請求書」シリーズで見てきたこと。メタは、今年1〜9月の自社株買いをゼロにして、巨額の資金調達に動いた。グーグルは、稼いでも設備投資の大きさを投資家に心配された。アマゾンも、過去12カ月のフリーキャッシュフローがマイナス424億ドル。みんなAIに夢中。そして、みんな猛烈にお金を使っている。
でも、今日の話しには、もうひとつ厄介な問題がある。その請求書は、AI企業の決算書の中だけで終わらないかもしれないということ。
メモリのメーカーがAI向けを優先すれば、パソコン向けの部品も高くなる。パソコンメーカーが値上げすれば、あたしたちの家計に響く。AI企業の巨額の設備投資の影響が、まったく別の商品を買う人のところまで回ってくるの。
AIのサービスは、無料で使えるものも多い。でも、無料だからといって、社会全体で誰も費用を払っていないわけじゃない。AIを一度も使ったことがない人まで、家電量販店のレジで、その影響を受ける可能性がある。しかも、レシートには「AI設備投資負担金」なんて書いていない。書いてあれば、まだ文句のひとつも言えるのに。
便利な未来の建設費。誰が負担して、誰が利益を得るのか。そろそろ、そこまで考える時期にきているのかもしれないわ。
今日のまとめ
- インテルは、AIの恩恵も逆風も受けている。売れない商品と、需要が強すぎて作るのが追いつかない商品が、同じ会社に同居している
- アマゾンは稼いでいる。でも投資の額はもっとすごい。利益は出ているのに、現金は猛烈な勢いで出ていく
- メモリ不足は家計にも響く。パソコンとスマホの値段が上がる予測が、どんどん大きくなっている
- 買い替えは、値上がりを恐れて慌てるより、自分にいつ必要か、性能と容量と予算で決める
- 投資の財布では、値上げで儲かる側にいるかもしれない。ただし、値上げで儲かる会社が永遠に儲かるとは限らない
AIの宴会は盛り上がっている。問題は、招待されていない人にまで、会場費が回ってくることよ。
世界がどう動こうと、自分の足元だけは整える。それだけ。
AI doesn’t send you a bill. It just quietly raises the price tag.
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※主な出典:インテルの2026年7〜9月期決算(2026年10月29日)と関連報道、アマゾンの2026年7〜9月期決算発表(同日)、TrendForceのメモリ価格見通し(2026年2月)、IDCのパソコン市場予測(2026年6月)とスマートフォン市場予測(2026年8月)、ブルームバーグ、イスラエル・ハヨムなどの報道。 ※株価の変動率は、2026年10月29日(米国時間)の時間外取引に関する報道によるもので、報道によって幅がある。 ※インテルの2027年のパソコン市場の見通し(10%減)と、イスラエルの工場の事故による影響は、報道による。 ※アマゾンのフリーキャッシュフローは過去12カ月の数字で、会計上の純利益とは違う。設備投資には、AI以外の用途も含まれる。ネット通販の売上の伸びは、決算資料の数字(684.7億ドル、前年は674.1億ドル)から計算した。 ※平均販売価格の上昇予測は世界市場についてのもので、日本国内の個別の製品の値上がり率を示すものではない。 ※円換算は1ドル=157円で計算した目安。 ※この記事は、特定の銘柄や製品の売買をすすめるものではありません。

